洗湯せんとう)” の例文
歩きながら、洗湯せんとうで心安くなったばあさんの事を思いついて、お千代は電車の停留場まで行き着きながらにわかにもとの道へ後戻りをした。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雨のことをおしめりとしか言わず、鼻のわきの黒子ほくろに一本長い毛が生えていて、その毛を浹々しょうしょう洗湯せんとうの湯に浮かべて、出入りの誰かれと呵々大笑する。
舞馬 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
渋谷しぶや金王桜こんおうざくらの評判が、洗湯せんとうの二階に賑わう頃、彼は楓の真心に感じて、とうとう敵打かたきうちの大事を打ち明けた。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
津田のいる時と万事変りなく働らいた彼女は、それでも夫の留守るすから必然的に起る、時間の余裕を持て余すほどらくな午前を過ごした。午飯ひるめしを食べた後で、彼女は洗湯せんとうに行った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
注文取りに歩いている時でも、洗湯せんとうへ行っている間でも、小僧ばかりでは片時も安心が出来なかった。帳合いや、三度三度の飯も、自分の手と頭とを使わなければならなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
脱衣棚だついだなが日本の洗湯せんとうのそれと似ているのもおもしろかった。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ふらりと洗湯せんとうの帰り掛けに一口やっておる処で、へゝゝ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
見てしまえば別に何処どこが面白かったと言えないくらいなもので、洗湯せんとうへ行って女湯の透見すきみをするのと大差はない。
裸体談義 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところが、その酒がたたって、卒中のように倒れたなり、気の遠くなってしまった事が、二度ばかりある。一度は町内の洗湯せんとうで、上り湯を使いながら、セメントの流しの上へ倒れた。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
洗湯せんとうで年頃の娘が湯をんでくれる、あんな嫁がいたらと昔をしのぶ。これでは生きているのが苦痛である。それも子福者であるなら一人なくなっても、あとに慰めてくれるものもある。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて、浅井が楊枝ようじくわえて、近所の洗湯せんとうに行ったあとで、お増はそこらを片着けて、急いでごみを掃き出した。そして鏡台を持ち出して、髪を撫でつけ、びんや前髪を立てて、顔をつくった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お雪の家の在る第二部を貫くかの溝は、突然第一部のはずれの道端に現われて、中島湯という暖簾のれんを下げた洗湯せんとうの前を流れ、許可地そとの真暗な裏長屋の間に行先を没している。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
聞いて見るとこれも人間のひまつぶしに案出した洗湯せんとうなるものだそうだ。どうせ人間の作ったものだからろくなものでないにはきまっているがこの際の事だから試しに這入はいって見るのもよかろう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて繁三につれられて、お庄は弟と一緒に近所の洗湯せんとうへやられた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
京橋区役所裏の玉の家といふはこの道にて名高き由。銀座二丁目上方屋といふ花骨牌はなガルタ売る店の前の路地に菊泉とかいふ待合は近処の鳥屋牛肉屋の女中洗湯せんとうのかへりにお客を引込むところとか聞きぬ。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)