泥沼どろぬま)” の例文
個性だけでは知らず知らずの間に落ち込みやすい苟安自適こうあんじてき泥沼どろぬまから引きずり出して、再び目をこすって新しい目で世界を見直し
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やせたりや/\、病気揚句あげくを恋にせめられ、かなしみに絞られて、此身細々と心引立ひきたたず、浮藻うきも足をからむ泥沼どろぬま深水ふかみにはまり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
つねつてもたしか活返いきかへつたのぢやが、それにしても富山とやま薬売くすりうりうしたらう、様子やうすではとうになつて泥沼どろぬまに。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
君の父上と兄上と妹とが気をそろえて水入らずにせっせと働くにも係わらず、そろそろと泥沼どろぬまの中にめいり込むような家運の衰勢をどうする事もできなかった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこにはうっかり通りかかるとひっかからずには居られない陥穽かんせいや、飛びこむと再び外へ出られないような泥沼どろぬまを用意して置いたのです。ひっかかったものが不運なんです。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いやいや、君はやっぱりこの商売に取りついて行くんだ。泥沼どろぬまのなかに育って来た人間は、泥沼のなかで生きて行くよりほかないんだ。現に商売が成り立ってる人もあるじゃないか。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
実は、自分も永年の遍歴の間に、思索だけではますます泥沼どろぬまに陥るばかりであることを感じてきたのであるが、今の自分を突破って生まれ変わることができずに苦しんでいるのである、と。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
泥沼どろぬまはこれ金銀瑠璃こんごんるり
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ともすれば君の油断を見すまして、泥沼どろぬまの中からぬるりと頭を出す水の精のように、その企図は心の底から現われ出るのだ。君はそれを極端に恐れもし、憎みもし、卑しみもした。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
丙は時として荊棘けいきょくの小道のかなたに広大な沃野よくやを発見する見込みがあるが、そのかわり不幸にして底なしの泥沼どろぬまに足を踏み込んだり、思わぬ陥穽かんせいにはまってき目を見ることもある。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
……際限もなく広い浅い泥沼どろぬまのような所に紅鶴フラミンゴーの群れがいっぱいいると思ったら、それは夢であった。時計を見ると四時であるのに周囲が騒がしい。甲板へ出て見るともうポートセイドに着いていた。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)