法衣ほうえ)” の例文
ある春のゆうべ、Padre Organtino はたった一人、長いアビト(法衣ほうえ)のすそを引きながら、南蛮寺なんばんじの庭を歩いていた。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
白川しらかわのほうからこの岡崎の丘の林へのぼって来る小さい人影が分るのだ、飄々ひょうひょうとして、春のかぜに、黒い法衣ほうえのたもとがうごいている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まずそれくらい前にロシアの皇帝からチベットの法王に対し、そのツァンニー・ケンボの手によってビショップの法衣ほうえを贈られた。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
イサーク寺では僧正の法衣ほうえすそ接吻せっぷんする善男善女の群れを見、十字架上の耶蘇やその寝像のガラスぶたには多くのくちびるのあとが歴然と印録されていた。
北氷洋の氷の割れる音 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あかつきやぶれた法衣ほうえを着て、長く伸びた髪を、眉の上で切っている。目にかぶさってうるさくなるまで打ちやっておいたものと見える。手には鉄鉢てっぱつを持っている。
寒山拾得 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
少将があわてふためいて行って見ると、僧都は姫君に自身の法衣ほうえ袈裟けさを仮にと言って着せ
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
白い毛裏を折り返した法衣ほうえを裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色こんじきの髪を時々雲のようにらす。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紺の法衣ほうえを着た坊主が行列しながら、とばりの中へ一人ずつ包まれるように、見えなくなった、大樺おおかんば谷の左には、大樺池が森林の底に小さく、穴のように見える、末の梢と頭の枝とが
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
明るい街を、あおい眼をした三人の尼さんが、真白の帽子、黒の法衣ほうえの裾をつまみ、黒い洋傘こうもりを日傘の代りにさして、ゆっくりと歩いて行った。穏やかな会話が微風そよかぜのように彼女たちの唇を漏れてきた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
こごえる身を拭いて、範宴は白い浄衣を肌に着、少僧都の法衣ほうえを上にまとった。そして、六角堂のしながらはっと思った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後にチベットでは最もうるわしい法衣ほうえを着けその上に絹の袈裟けさを着て居る僧侶、それらはみないずれも高価なものでチベット人の目を驚かすに足るものです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かいがしわる時、しずく舟縁ふなべりしたたる時、ぐ人の手の動く時ごとに吾が命を刻まるるように思ったであろう。白きひげを胸まで垂れてゆるやかに黒の法衣ほうえまとえる人がよろめきながら舟から上る。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
範宴のすがたを見ると、白絹の法衣ほうえ白金襴しろきんらん袈裟けさをかけ、葡萄ぶどうのしずくを連ねたような紫水晶の数珠ずずを指にかけていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かいこぐるみという訳ではありませんけれど、チベットの内で出来た最も上等の羊毛布の法衣ほうえを着け、その食物は朝々にかゆのようにどろどろになったバタ茶を用うるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ままよ、かりそめにせよ、普化僧ふけそう法衣ほうえを借りてある以上は、樹下石上も否むべきではない。道に任せて歩き、疲れた所を宿として草にも伏そう。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)