惘然もうぜん)” の例文
離れるものは没義道もぎどうに離れて行く。未練も会釈えしゃくもなく離れて行く。玄関から座敷に引き返した小夜子は惘然もうぜんとして、えんに近く坐った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二度目の時彼は、年取った羊のように惘然もうぜんとしてその衝突をながめていた娘の方へ身をかがめて、ほとんど冷静な微笑をたたえて言った。
きっぱりと割りきったものである、兵庫はうむとうめき、しばらくは惘然もうぜんと源七郎をみつめていた、そしてやがて大きく頷いた。
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
博士と四人の漁夫は、ひと塊りになって、ややしばらくの間惘然もうぜんとそれを眺めていた。咄嗟に、何が始まりかけているのか理解することができなかった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
スイッチを入れてみると、忽ち狂おしげな軍歌や興奮の声が轟々と室内をき乱した。彼は惘然もうぜんとして、息を潜め、それから氷のようなものが背筋せすじを貫いて走るのを感じた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
机に向かって書物をひらいたまま惘然もうぜんともの思いにふけっていた太宰は、「お客来でございます」という妻の声でわれに返った
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼はがつた。惘然もうぜんとして又あるき出した。少して、再び平岡の小路へ這入つた。夢の様に軒燈の前で立留たちどまつた。守宮やもりはまだ一つ所にうつつてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
無慈悲なるもの換言すれば人を愚昧ぐまいにするところのものを、最も多く含有するこの種の刑罰の特色は、一種の惘然もうぜんたる変容によってしだいに人を野獣に化せしむることである。
そう思いながら、聞くともなしに惘然もうぜんとしていると、「登野村」というのが耳についた、菊枝はどきっとして耳を澄ました。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
死ぬ迄三千代に対して責任を負ふと云ふのは、ふ目的があるといふ迄で、つた事実には決してなれなかつた。代助は惘然もうぜんとして黒内障そこひかゝつた人の如くに自失した。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それが茂七が妻に死なれ、おせんを抱えて惘然もうぜんとしているのをみて、自分からすすんでいっしょになったのである。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
死ぬまで三千代に対して責任を負うと云うのは、負う目的があるというまでで、負った事実には決してなれなかった。代助は惘然もうぜんとして黒内障そこひかかった人の如くに自失した。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は惘然もうぜんとして、飛び去った鳥のあとを追想するような、つかみどころのないはかない気持で日を送っていった。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
惘然もうぜんとして煙草の煙を眺めている。恩賜の時計は一秒ごとに約束の履行をうながす。そりの上に力なき身を託したようなものである。手をこまぬいていれば自然と約束のふちすべり込む。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
銕太郎は惘然もうぜんとした眼つきで、妻が机の上へ薊の花を置く動作を見、そして、縁側のほうへ出てゆくのを見た。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
惘然もうぜんとして又歩き出した。少し来て、再び平岡の小路へ這入った。夢の様に軒燈の前で立留まった。守宮はまだ一つ所に映っていた。代助は深い溜息ためいきを洩らして遂に小石川を南側へ降りた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……小松が帰っていったあと、縫物を膝の上に置いたまま、弥生はやや久しいあいだ惘然もうぜんときをすごした。
日本婦道記:風鈴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……秀之進は云いようのない感動にうたれ、自分もその海景のなかに溶け入ってしまったもののように、砂丘に腰をおろしたまま惘然もうぜんと時の経つのを忘れていた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それでその校閲にはもっとも念をいれ、一字一句のすえまで吟味を加えているのだが、この四五日はなんとなくつかれ易く、ともすれば惘然もうぜんと筆をやすめていることが多くなった。
日本婦道記:松の花 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おせんは痴呆のように惘然もうぜんとして、この人々といっしょに動いたり停ったりしていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
心はひどく動揺していた、——ふしぎだ、たしかに似ている、正二郎さまの幼な顔にそっくりだ。部屋へはいると、おなつは崩れるようにそこへ坐り、暗い壁のひとつところを惘然もうぜんと見まもった。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鍋山又五郎は惘然もうぜんと立ったままだった。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
幹太郎は惘然もうぜんと思いあぐねた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
幹太郎は惘然もうぜんとそこへ坐った。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
頼母は惘然もうぜんとして云った。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)