だる)” の例文
自分が六つめの梯子まで来た時は、手がだるくなって、足がふるえ出して、妙な息が出て来た。下を見ると初さんの姿はとくの昔に消えている。見れば見るほど真闇まっくらだ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それで寒いだるいも言わず、鬼の首を取りもしたかのように独り北叟笑ほくそえんで、探梅の清興を恣にする。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
十一月初旬はじめの日は、好く晴れていても、弱く、静かに暖かであったが、私には、それでもまだ光線が稍強過ぎるようで、脊筋に何とも言いようのない好い心地のだるさを覚えて
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
六時頃まで眠つたりめたりして居たが今日けふ身体からだだるい。昨日きのふ送る筈だつた某誌の選歌をしようと思つて出しながら気が進まないので火鉢にじつと当つて居るところ金尾かねをさんが来た。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そのうち翁は眼がだるくなって草原へごろりとてしまった。雲の去来は翁の眠っている暇にも続けられていた。だが、やがて雲は流れ尽き、峯は胸から下界へ向けて虹をかけ渡していた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
うつつと幻との見境みさかいさえ附きかねた。その上、寒気はする、かしらは重し、いや、たまらぬほど体がだるい。夜が明けたら、主人の一診を煩わそうまでは心着いたが、先刻さっきより、今は起直る力がない。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
というだるそうな女の声。男が答えている。
兄はこう云ってしばらく沈黙のうちに頭をうずめていた。それからだるそうな眼を上げた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
姉は肉のない細い腕をまくって健三の前に出して見せた。大きな落ち込んだ彼女の眼の下を薄黒い半円形のかさが、だるそうな皮で物憂ものうげに染めていた。健三は黙ってそのぱさぱさした手の平を見詰めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)