忍返しのびがえ)” の例文
この後者の仲間の中に一際目立って、ニューゲートの忍返しのびがえしを打ってある塀の一小片が生きて来たように、ジェリーが立っていた。
それは鉄の螺釘ねじくぎを方々に打ちつけて、上にはぎざぎざの鉄の忍返しのびがえしを打ってあった。なんという深い畏怖いふの感じを、それは起させたことであろう!
杉の茂りのうしろ忍返しのびがえしをつけた黒板塀くろいたべいで、外なる一方は人通ひとどおりのない金剛寺坂上こんごうじさかうえの往来、一方はそのうち取払いになってれればと、父が絶えず憎んで居る貧民窟ひんみんくつである。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
法廷の出口もその方向にあったので、ジェリーは体中を眼にし、耳にし、忍返しのびがえしにしながら、その後について行った。
片側かたかわに朝日がさし込んでいるので路地のうちは突当りまで見透みとおされた。格子戸こうしどづくりのちいさうちばかりでない。昼間見ると意外に屋根の高い倉もある。忍返しのびがえしをつけた板塀いたべいもある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
例の忍返しのびがえしを打ちつけたような髪の毛で敷布シーツをずたずたに裂きそうにしながら、蒲団の上へぬっと起き上った。
その家屋も格子戸こうしど欞子窓れんじまど忍返しのびがえし竹の濡縁ぬれえん船板ふないたへいなぞ、数寄すききわめしその小庭こにわと共にまたしかり。これ美術の価値以外江戸末期の浮世絵も余に取りては容易に捨つること能はざる所以ゆえんなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
川添いの町の路地は折々忍返しのびがえしをつけたその出口から遥に河岸通かしどおりのみならず、併せて橋の欄干や過行く荷船の帆の一部分を望み得させる事がある。かくの如き光景はけだし逸品中の逸品である。
水門すいもん忍返しのびがえしから老木おいきの松が水の上に枝をのばした庭構え、燈影ほかげしずかな料理屋の二階から芸者げいしゃの歌ううたが聞える。月が出る。倉庫の屋根のかげになって、片側は真暗まっくら河岸縁かしぶち新内しんないのながしが通る。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)