崖上がけうえ)” の例文
また佐平に息真太郎、むすめ啓があった。然るに佐平もその子女も先ず死して、未亡人ぎんが残った。これが崖上がけうえの家の女主人であった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
千駄木せんだぎ崖上がけうえから見るの広漠たる市中の眺望は、今しも蒼然たる暮靄ぼあいに包まれ一面に煙り渡った底から、数知れぬ燈火とうかかがやか
甲武線の崖上がけうえ角並かどなみ新らしい立派な家に建てえられていずれも現代的日本の産み出した富の威力と切り放す事のできない門構もんがまえばかりである。
ケーベル先生 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
去年の出水には、石狩川が崖上がけうえの道路を越して鉱泉宿まで来たそうだ。このせまい山のかいを深さ二丈も其上もある泥水が怒号どごうして押下った当時のすさまじさが思われる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それまで千住で郡医などをしていた父は年も老いたので、兄と一緒に住むためにと、父母連れ立って地所を探して歩いた時、団子坂の崖上がけうえの地所が目に止ったのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
おかみさんの家は、叔母の家の後ろの崖上がけうえにあった。そこからは叔母の家の中がよく見られた。そこで私はまた、叔母の家のものに見つけられるのでないかと、心配し始めた。
怒気心頭どきしんとうにもえた巽小文治たつみこぶんじ朱柄あかえやりをとって、一せんに突きころし、いまあげた手柄てがら名のりの手まえにも、とうの本人を引っとらえずになるものかと、無二無三に崖上がけうえへのぼりかえした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうち薄いしもりて、裏の芭蕉ばしょうを見事にくだいた。朝は崖上がけうえ家主やぬしの庭の方で、ひよどりが鋭どい声を立てた。夕方には表を急ぐ豆腐屋の喇叭らっぱに交って、円明寺の木魚の音が聞えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひた走りに町を迂回うかいして左内阪さないざかを昇り神社の裏門から境内けいだい進入すすみいって様子を窺うと、社殿の正面なる石段の降口に沿い、眼下に市ヶ谷見附一帯の濠を見下す崖上がけうえのベンチに男と女の寄添う姿を見た。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)