いさぎよし)” の例文
不断講釈めいた談話をもっとも嫌って、そう云う談話の聞き手を求めることはいさぎよしとしない自分が、この青年の為めには饒舌じょうぜつして忌むことを知らない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「やあ、御帰り」と宗近君が煙草をくわえながら云う。藤尾は一言いちごん挨拶あいさつすら返す事をいさぎよしとせぬ。高い背を高くらして、きっと部屋のなかを見廻した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一説に依れば仏人の脚肉きやくにくを食ふは、ことさらに英人の風習に従ふをいさぎよしとせざる意気を粧ふに過ぎず。故に仏人の熱灰ねつくわい上に鱷の脚をあぶるを見て、英人は冷笑すと。
彼は明治九年前原一誠の乱、嫌疑をこうむり、官囚となるをいさぎよしとせず、みずから六十余歳の皺腹しわばらほふりて死せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
文三が昇に一着を輸する事をいさぎよしと思わぬなら、お勢もまた文三に、昇に一着を輸させたくは有るまい。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ただ外面にこれを尊敬するの風を装い、「敬してこれを遠ざくる」のみなれば、学者もまたこれに近づくをいさぎよしとせず、さりとて俗を破りて独立の事業をくわだつるの気力もなく
慶応義塾学生諸氏に告ぐ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
偶々たまたま軍需景気の倖運児の妾となったが、元来妾という裏切り行為をいさぎよしとせず、断然之を精算して、自ら進んで名家の正妻となったけれども、散々苦労の末、遂に破鏡の憂目に遭った。
拙者の心にいさぎよしとせざるものと成果なりはて候段、歎息の外無之候。
「ええ」と素気そっけなく云い放つ。きわめて低い声である。答を与うるにあたいせぬ事を聞かれた時に、——相手に合槌あいづちを打つ事をいさぎよしとせざる時に——女はこの法を用いる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
文化元年十三歳の時愷の兄友春いうしゆんに汚行があつて、父玄昌はこれを恥ぢて自刃した。愷は兄の許にあるをいさぎよしとせずして家を出で、経学の師嘉陵村尾源右衛門と云ふものに倚つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)