富裕ふゆう)” の例文
大阪には、先年長逗留の間、先生の創見にかかわる太白砂糖たいはくざとうの製法を伝授して大いに徳とされ、富裕ふゆう物持ものもちの商人に数々の昵懇がある。
中野君は富裕ふゆうな名門に生れて、暖かい家庭に育ったほか、浮世の雨風は、炬燵こたつへあたって、椽側えんがわ硝子戸越ガラスどごしながめたばかりである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二週間前には憤然として拒絶した仕事を——ある富裕ふゆうな匿名の好事家があって、楽曲を一つ買い取って自分の名前で発表したいというのを
かれらはめいめいに自分たちの村の貧しい光景を心に思いうかべながら、この富裕ふゆうな部落をあちらこちらと見てあるいた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
その朦朧もうろうとした写真では大阪の富裕ふゆうな町家の婦人らしい気品を認められる以外に、うつくしいけれどもこれという個性のひらめきがなく印象の稀薄きはくな感じがする。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
富裕ふゆうな名主の娘が、その縁談の纒まつたばかりのところを、惡者の甘言などに乘つて、遠國に突つ走るといふことは、先づあり得ないことゝ言はなければなりません。
公卿か富裕ふゆうの物持かに、身をまかせてしまったと聞き、この苛烈な戦争中だが、業腹ごうはらえてたまらず、女のもとへ、つらあてのような、忘れかねるような、男の迂愚うぐ
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其金それさえさがしあてれば、柳生は貧乏どころか、日本一の富裕ふゆうな藩になるだろう。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
母親はそれまでには夜具や着物を洗濯してやりたい、それにあわせを一枚こしらえたいなどと言った。父親の商売の不景気なことも続いて語った。清三のおさないころの富裕ふゆうな家庭の話も出た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
けっして、自分じぶんひとりが、どんなに富裕ふゆうであっても、また学問がくもんがあっても、このなかは、すこしもつごうよくいくものでもなければ、また文明ぶんめいになるものでもないことをよくらなければなりません。
子供と馬の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
信太郎氏は、いくつもの会社の重役をつとめている、富裕ふゆうな実業家なのですが、毎日、会社から帰って、夕飯をすませると、近所の神社の森の中を散歩するのが、おきまりのようになっていたのです。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)