哀々あいあい)” の例文
それから彼の血を吐くような哀々あいあいの台詞が妾の心臓にサイレンのようにひびいて、妾は佐野の為に殉教者のような気持になるのでした。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
旌旗せいき色なく、人馬声なく、蜀山の羊腸ようちょうたる道を哀々あいあいと行くものは、五丈原頭のうらみを霊車にして、むなしく成都へ帰る蜀軍の列だった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時、はる戸外おもてに当たってむせぶがような泣くがような哀々あいあいたる声が聞こえて来た。それは大勢の声であり、あたかも合唱でもするかのように声を合わせて叫んでいるらしい。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かの狗子白毛にて黒斑こくはん惶々乎こうこうことし屋壁に踞跼きょきょくし、四肢を側立て、眼を我に挙げ、耳と尾とを動かして訴えてやまず。その哀々あいあいじょう諦観視するに堪えず。彼はたして那辺なへんより来れる。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
南方にあわい銀河が流れる。星もちらほら出て居る。村々は最早もう黒う暮れて、時々まぶしい火光あかりがぱっと射す。船橋の方には、先帝せんていの御為に上げるのか、哀々あいあいとした念仏の声が長くいて聞こえる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
哀々あいあいたる銅角どうかくを吹き、羯鼓かっこを打ち鳴らし、鉦板しょうばんをたたいて行く——葬送の音楽が悲しげに闇を流れた。兵馬みな黙し、野面を蕭々しょうしょうと風もく。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜風に絶え、また夜風に聞こえ、哀々あいあいとして、この世に持った闇の生命に、泣きつかれたような泣き声だった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喪旗もきを垂れ、ひつぎをのせた船は、哀々あいあいたる弔笛ちょうてきを流しながら、夜航して巴丘はきゅうを出て、呉へ下って行った。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貂蝉が再び起つと、教坊の楽手は、さらに粋を競って弾じ、彼女は、舞いながら哀々あいあいと歌い出した。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はやくも宋江の旅情に似た胸には、淪落りんらくの女が夜舟にかなでる絃々げんげん哀々あいあいの声が思い出されている。が、さて、その夜彼が味わったものは何か。もちろん、過去にはあったそんな風雅ではない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)