取憑とりつ)” の例文
昼間でも狼の噂を聞くと、わたしは身の毛が悚立よだつような……。(身をふるわせる。)わたしは狼に取憑とりつかれたのかも知れない。
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もうその時は私も形振なりふりは関わず、ただ燻んでひやりと冷たいあの街道の空気に浸り度い心がいた。私も街道に取憑とりつかれたのであろうか。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
取憑とりつく』とか『乗移る』とかいう精神病理的な事実を、科学的に説明し得る状態はこの以外にないのだ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こんなにいい子なのに悪いことをするのは、知らぬ間にあんなあながお前達に取憑とりついてしまうからよ。さあ、もう泣くのはお止め!……お前のその涙が立派な証拠しょうこだわ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
姉が私をかばはうと思つて餘計なことをしてくれなければ、私は知らん顏をしてゐたかも知れません、——風呂の中からニツコリしたあの女の美しい顏に取憑とりつかれながら、——
つまり今度は、サガレン・マニヤならぬ飢饉マニヤに取憑とりつかれて、そわそわしだしたのだ。
露西亜へ着いてから尚だ一回も註文を受ける間もない中に不起の病に取憑とりつかれてしまった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
貧乏神びんぼうがみ執念しゅうね取憑とりつかれたあげくが死神にまで憑かれたと自ら思ったほどに浮世の苦酸くさんめた男であったから、そういう感じが起ると同時にドッコイと踏止ふみとどまることを知っているので
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そしてそんな幻想と思い出に取憑とりつかれながら、彼の夢は、その晩江州浅井の山里の、誰が家の小屋とも知れぬ戸もないひさしの下に、柴薪しばまきや漬物桶などの間に挟まって、深々と睡り落ちていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ごらんなさい、あそこの額のなかには、ひとの鬼婆あや、天子様の御病気に取憑とりついたぬえという怪鳥けちょうまであがっているじゃありませんか、それだのに、切支丹の神様がなぜいけないんでしょう?
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「それじゃあ、その娘というのも何かに取憑とりつかれてでもいるのかも知れないな。」とT君は言った。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「いやな顔をするな。——精いっぱい縁結びに取憑とりつかれているような顔をするんだ」
僕にはあんなあなが取憑とりついていたんだ。……(次第に慟哭どうこくするもののごとく)
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「……三人が飲んだというアノ支那人チンクの酒場が怪しかったんだナ。……俺はソウ思う。……厄病神がドッカの隅に隠れてやがったんだ。……そうして三人に取憑とりつきやがったんだナ。俺はソウ思う……」
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「いやな顏をするな。——精一杯縁結びに取憑とりつかれて居るやうな顏をするんだ」
「まだ臍の胡麻に取憑とりつかれてゐるのか、人聽きの惡い洒落しやれだ」
平次はまだ葛根湯に取憑とりつかれてをります。
平次はまだ葛根湯に取憑とりつかれております。