一見いっけん)” の例文
宗助は一見いっけんこだわりの無さそうなこれらの人の月日と、自分の内面にある今の生活とを比べて、その懸隔けんかくはなはだしいのに驚ろいた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その技芸もとより今日こんにちの如く発達しおらぬ時の事とて、しぐさといい、せりふといい、ほとんど滑稽に近く、全然一見いっけんあたいなきものなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
一見いっけん異状はないようであったが、階段のうしろに当る狭い書棚の間から、リノリュームの上に長々とよこたわっている二本の男の脚を発見したときには
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もし、かの金森五郎八老が、今度の使いにも来ていたら、一見いっけんただちに、この人こそ四十不惑の語にあてはまる人と、歎じたことであったかもしれない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一見いっけんの価値のある島ですよ。この船も五六日は碇泊ていはくしますから、ぜひ見物にお出かけなさい。大学もあれば伽藍がらんもあります。殊にいちの立つ日は壮観ですよ。
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
遠く望めば山の形あたかも円筒まるづつを立てたるがごとく、前面は直立せる千丈の絶壁、上部は鬱蒼うっそうとして樹木生茂っている。一見いっけん薄気味の悪い魔形の山、お伽噺とぎばなしの中にある怪物のむ山である。
今ある一見いっけん不可解な色々の民間の言い伝えの中には、こういう異常な動揺のために、印象づけられて残ったものがないとは言われず、たとえば弥勒二年というような類のない私年号なども
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかも一見いっけん直ちに慄然りつぜんたらしむるに足る、いと凄まじき物躰ぶったいあり。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顔に、ひげがぼうぼうとはえ、黒い鳥打帽子とりうちぼうしがぬげていてむき出しになっている頭髪とうはつは、白毛しらがぞめがしてあって、一見いっけん黒いが、その根本のところはまっ白な白毛であった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「——御曹子おんぞうしと申しても、実は、鞍馬寺の預かり稚子ちごでござるゆえ、ちと、身装みなりにも、特徴があるし、体は、年ごろよりは小つぶで、一見いっけん、きかないお顔をしているのですが」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何故か髪をりて男の姿を学び、白金巾しろかなきん兵児帯へこおび太く巻きつけて、一見いっけん田舎の百姓息子の如く扮装いでたちたるが、重井を頼りて上京し、是非とも景山かげやまの弟子にならんとの願いなれば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
その大広間は、一見いっけんひろびろとしていた。ただ真中のところに、一つの卓子テーブルと、それを取囲む十三の椅子とが、まるで盆の真中にボタンが落ちているような恰好かっこうで、集っていた。