一箸ひとはし)” の例文
與吉よきち一箸ひとはしめては舌鼓したつゞみつてそのちひさなしろして、あたまうしろへひつゝけるほどらしておつぎのかほ凝然ぢつてはあまえたこゑたてわらふのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
と、感じるらしく、また、中村の貧農時代を、必然、思い出すらしく、一箸ひとはしの汁の菜、一片の田楽焼の茄子にも、心をあらためて、賞味するのがつねであった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取ってみたがふたを取って匂いをかいだばかりで食道はぴったりふさがり一箸ひとはしも口へもって行くことができなかったのを思い出したからで、寝ついてからはずっと食慾がなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
やい、じゃあうぬあどうだ、この間鉄砲汁をやッつけた時一箸ひとはしも食やしめえ。命取だ。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こどもに向き合い、五しょくの電灯の下で、こどもに一箸ひとはし、自分が二箸というふうにして夕飯をしたためていた妻の逸子は、自分の口の中のものを見悟られまいとするように周章あわてみ下した。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
米友はいろいろに考えてみたが結局、この無名の贈り主から贈られた酒は一滴も飲まず、丼は一箸ひとはしも附けずにほっておく方がよろしいと覚悟をして、床の間の方へ持って行って飾って置きました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
僧は一箸ひとはし飯を口に入れては、仰向あおむいて咽喉のどをうねらして如何いかにも喫いにくそうにしたが、それでも一箸一箸と口に入れて往った。彼はあのお坊さんはおかしな物の喫い方をする人だなと思っていた。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこへ行くと日本の献立こんだては、吸物すいものでも、口取でも、刺身さしみでも物奇麗ものぎれいに出来る。会席膳かいせきぜんを前へ置いて、一箸ひとはしも着けずに、眺めたまま帰っても、目の保養から云えば、御茶屋へ上がった甲斐かいは充分ある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)