一呑ひとの)” の例文
甚兵衛もそれにはこまりました。なにしろ相手あいて大蛇おろちですもの、へたなことをやれば、こちらが一呑ひとのみにされてしまうばかりです。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
なんでこんなおおきなしろ寝所ねどこなもんか、これはやがて、四こくしゅうはおろか、東海道とうかいどう浜松はままつ小田原おだわらも、一呑ひとのみに併呑へいどんしようとする支度したくじゃないか
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海がその蔵する無限のエネルギーに押し立てられて、沖天ちゅうてんいきおいを以て陸に向って押しよせる時は、あたかも陸を一呑ひとのみにするかと思わるるほどである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
看視人によって自分の病室へ呼び込まれた例の患者は、その看視人が運んで来た一食分を急いで一呑ひとのみにしてしまうと、それでは満足がゆかずに共同食堂へやって来た。
「それは駄目だ。いくらわしでも、そんな長い奴を、とても一呑ひとのみには出来んぞ」
戴先生は内へ入って往った。内にはおけの胴のような白い蠎蛇うわばみがいて、それが燃盞かわらけのような両眼を光らし、炎のような舌を出して、戴先生を一呑ひとのみにしようとするように口を持って来た。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一時は放蕩はうたうさへ働けば、一かど芸術がわかるやうに思ひあがつた連中がある。この頃は道義と宗教とを談ずれば、芭蕉ばせをもレオナルド・ダ・ヴインチも一呑ひとのみに呑みこみ顔をする連中がある。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
だが、乱軍の中、たれも、知る者はなく、その安否も聞かないうち、またも一群の敵の騎馬兵が、怒濤どとう一呑ひとのみを示してここへ向って来るのを迎えた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海嘯つなみはそのあとからすぐ湧起わきおこって、家も人も一呑ひとのみにした。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)