“うつたへ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
訴72.7%
訴訟9.1%
愬9.1%
訟訴9.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
糺(たゞ)しあらためあしき御政事(おんせいじ)當時は何時にても此皷(このつゞみ)を打(うち)て奏聞(そうもん)するに帝(てい)たとへば御食事(おんしよくじ)の時にても皷(つゞみ)の音(おと)を聞給ひたちまち出させ給ひ萬民(ばんみん)の訴(うつたへ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
伯父九郎兵衞惣内の母諸共(はゝもろとも)九助が仕業(しわざ)なりと訴訟(うつたへ)出しに依て召捕(めしとら)れ晝夜拷問(がうもん)強(つよ)きにより九助は是に堪難(たへがた)く己(おのれ)が科(とが)ならぬ事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
眠(ねぶ)りて居られたりと昔し足利家の御世(みよ)名奉行(めいぶぎやう)と世に稱(たゝ)へたる青砥(あをと)左衞門尉藤綱も訴訟(うつたへ)を聽(きく)時は必らず目を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この文こそは宮が送りし再度の愬(うつたへ)にて、その始て貫一を驚かせし一札(いつさつ)は、約(およ)そ二週間前に彼の手に入りて、一字も漏れずその目に触れしかど
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
見るよりもハツト驚(おどろ)き呆(あきれ)たる體なるにぞ大岡殿は何と九郎兵衞夫婦の者此兩人は知らぬ者か當春大井川の端(はし)下伊呂村に於て九助の爲に切害(せつがい)されしと汝等が訟訴(うつたへ)出たる惣内夫婦は今江戸本八丁堀長澤町と云所に罷在(まかりあり)又々不埓(ふらち)の儀有て召捕(めしとり)吟味なせしに委細(ゐさい)白状に及(および)たり然(さり)ながら相果(あひはて)たる惣内夫婦(ふうふ)此世に居べき筈(はず)なければ是は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)