“引(ひ)” の例文
みみずは、思(おも)いきり息(いき)を長(なが)く引(ひ)いて、ジーイ、ジーイ、といい、かえるは、太(ふと)く、短(みじか)く、コロ、コロ、といって、うたっていました。
春の真昼 (新字新仮名) / 小川未明(著)
其(その)忘(わす)れ難(がた)き味(あぢ)に引(ひ)かされて、行(ゆ)く事(こと)は行(ゆ)くが——行(ゆ)く度(たび)に思出(おもひだ)しては、歸途(かへりがけ)に、つい、泣(な)かされる。——いつも歸(かへ)る時(とき)は日暮(ひぐれ)になる。
といいながら、鉢(はち)をつかんで引(ひ)き上(あ)げますと、下(した)から人間(にんげん)の姿(すがた)が現(あらわ)れたので、びっくりして、手(て)を放(はな)して逃(に)げていってしまいました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そしてがっかり疲(くたび)れた脚(あし)を引(ひ)き擦(ず)りながら竹早町から同心町の界隈(かいわい)をあてどもなくうろうろ駆けまわってまた喜久井町に戻って来た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
其(その)馬(うま)がさ、私(わし)も別(べつ)に馬(うま)は珍(めづ)らしうもないが、白痴殿(ばかどの)の背後(うしろ)に畏(かしこま)つて手持不沙汰(てもちぶさた)ぢやから今(いま)引(ひ)いて行(ゆ)かうとする時(とき)椽側(えんがは)へひらりと出(で)て
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
肩(かた)を掴(つか)んで、ぐいと引(ひ)っ張(ぱ)った。その手(て)で、顔(かお)を逆(さか)さに撫(な)でた八五郎(ろう)は、もう一度(ど)帯(おび)を把(と)って、藤吉(とうきち)を枝折戸(しおりど)の内(うち)へ引(ひ)きずり込(こ)んだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
何だかまた現実世界に引(ひ)き摺(ず)り込まれるような気がして、少しく失望した。長蔵さんは自分が黙って橋の向(むこう)を覗(のぞ)き込んでるのを見て
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おつかは幾(いく)らも引(ひ)つ掛(かけ)ねえつちやつたから、まあだまるつきり新(あたら)しいやうだ見(み)ろ、どうした手(て)ランプまつとこつちへ出(だ)して見(み)せえまあ
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
若者(わかもの)は快(こころよ)く引(ひ)き受(う)け、直(ただ)ちにその準備(したく)にかかりました。尤(もっと)も準備(したく)と言(い)っても別(べつ)にそううるさい手続(てつづき)のあるのでも何(なん)でもございませぬ。
「ふん、坊主(ばうず)か」と云(い)つて閭(りよ)は暫(しばら)く考(かんが)へたが、「兎(と)に角(かく)逢(あ)つて見(み)るから、こゝへ通(とほ)せ」と言(い)ひ附(つ)けた。そして女房(にようばう)を奧(おく)へ引(ひ)つ込(こ)ませた。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ところが少(すこ)し行(い)つたとき、嘉十(かじふ)はさつきのやすんだところに、手拭(てぬぐひ)を忘(わす)れて来(き)たのに気(き)がつきましたので、急(いそ)いでまた引(ひ)つ返(かへ)しました。
鹿踊りのはじまり (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
床も天井も引(ひ)き剥(は)がしたまま、壁は落され、炉(ろ)の灰は掻き廻され、戸棚も箪笥(たんす)も引っくり返して、千両箱の行方を捜した様子です。
苦情(くじよう)を持(も)ち込(こ)みましたので、まやかしものといふことがわかつて、これも忽(たちま)ち突(つ)っ返(かへ)され、皇子(みこ)は大恥(おほはぢ)をかいて引(ひ)きさがりました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
顏色(かほいろ)は蒼白(あをじろ)く、姿(すがた)は瘠(や)せて、初中終(しよつちゆう)風邪(かぜ)を引(ひ)き易(やす)い、少食(せうしよく)で落々(おち/\)眠(ねむ)られぬ質(たち)、一杯(ぱい)の酒(さけ)にも眼(め)が廻(まは)り、往々(まゝ)ヒステリーが起(おこ)るのである。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
分(わ)けられぬ身(み)なれば恩愛(おんあい)の重(おも)きに引(ひ)かれて、車(くるま)には乘(の)りけれど、かゝる時(とき)氣樂(きらく)の良人(おつと)が心根(こゝろね)にくゝ、今日(けふ)あたり沖釣(おきづ)りでも無(な)き物(もの)をと
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼は突然湯河の手頸(てくび)を掴(つか)んでぐいと肩でドーアを押しながら明るい家の中へ引(ひ)き擦(ず)り込んだ。電燈に照らされた湯河の顔は真青だった。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
バルブレンはわたしの耳を引(ひ)っ張(ぱ)って、先にわたしを中へつっこんでおいて、自分もあとからはいって、ドアをぴしゃりと立てた。
ボートから十メートルほど左の、引(ひ)き潮(しお)がのこした海草の上に、二個の死体が、一つはあおむけに、一つはうつぶせに横たわっている。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
と、五百之進は、われを忘れて、東儀と羅門の袂(たもと)をつかんだ。その顔いろは、武士でなければ大声で泣きたいように、引(ひ)ッ吊(つ)れていた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伯父(をぢ)さんはもう困(こま)つてしまつて、父(とう)さんの締(し)めて居(ゐ)る帶(おび)に手拭(てぬぐひ)を結(ゆは)ひつけ、その手拭(てぬぐひ)で父(とう)さんを引(ひ)いて行(い)くやうにして呉(く)れました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
門を出る頃には、もう弟子の誰彼に追ひつかれて、上(うは)つ被(ぱり)は滅茶々々に引(ひ)つ奪(たく)られ、若者の手には片袖一つしか残つてゐなかつた。
グレ さうよなァ、頸根(くびね)ッ子(こ)は、成(な)ろうなら、頸輪(コラー)(首枷(くびかせ))から引(ひ)ッこ拔(ぬ)いてゐるがよいてや。(罪人にはならぬがよいてや)。
が自分の傍からこの精霊を退散させる力が自分にないと同様に、この覆い物を引(ひ)き剥(め)くるだけの力がどうしても彼にはなかった。
それを私が認めると同時にその強盗らも認めたと見え、両人は立ち上って受け取った物だけ引(ひ)っ攫(さら)いある方向へ逃げ去ってしまったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
何処へも出ずに自分の部屋に引(ひ)き籠(こも)ったまま、きのうお前に送ってもらった本の中から、希臘悲劇集(ギリシアひげきしゅう)をとりだして、それを自分の前に据え
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その畜生(ちくしやう)に落(おと)されるとは、何(なに)かの因縁(いんえん)に違(ちが)ひございません。それは石橋(いしばし)の少(すこ)し先(さき)に、長(なが)い端綱(はづな)を引(ひ)いた儘(まま)、路(みち)ばたの青芒(あをすすき)を食(く)つて居(を)りました。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私から引(ひ)っ攫(たく)り取った鞄を、片手にヨチヨチと、鍬(くわ)を担(かつ)いで通りかかった下男が、またその鞄を受取って、甥を取り巻いて洟(はな)を垂らしながら
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
山(やま)全体(ぜんたい)が動(うご)いたやうだつた。急(きふ)に四辺(あたり)が薄暗(うすくら)くなり、引(ひ)き裂(さ)けるやうな冷(つめた)い風(かぜ)の唸(うな)りが起(おこ)つてきたので、驚(おどろ)いたラランは宙返(ちうがへ)りしてしまつた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
しかし、よし譬(たと)え、明かに、事実は妻を死の中へ引(ひ)き摺(ず)り込もうとしているとしても、果して、事実は常に事実であろうか。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それで魔(もの)あつて誘かすやうに、其の柔な肉付に、艶(つや)のある頭髪(かみ)に、むつちりした乳(ちゝ)に、形の好い手足に心を引(ひ)き付けられた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
『誠に濟まんことを致しました。何(な)んなら次ぎの下(くだ)りでお引(ひ)ツ返(か)へし下さりましたら。』と、車掌は無恰好(ぶかつかう)に揉(も)み手をした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
久(ひさ)し振(ぶ)りであなたにお目にかゝつてそのお酌(しやく)で頂(いたゞ)くのはお祖師様(そしさま)の引(ひ)き合(あは)せでございませう、イエたんとは頂(いたゞ)きません。
いろいろたずねてみるとようすがわるい、きゅうに医者(いしゃ)にも見せたがまにあわなく、そのうちまもなく息(いき)を引(ひ)き取(と)った。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
松男君(まつおくん)が比良夫君(ひらおくん)に引(ひ)っ組(く)んだ。そして足掛(あしか)けで倒(たお)そうとしたが、比良夫君(ひらおくん)は相撲(すもう)の選手(せんしゅ)だから、逆(ぎゃく)に腰(こし)をひねって松男君(まつおくん)を投(な)げ出(だ)してしまった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
B 僕(ぼく)か。僕(ぼく)は政治(せいぢ)に關係(くわんけい)がないのだから、そんな事(こと)はどうでもいゝ。然(しか)し事苟(こといやし)くも葉書(はがき)に關(くわん)する以上(いじやう)、其點(そのてん)で聊(いさゝ)か僕(ぼく)の注意(ちうい)を引(ひ)いてるのだがな。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
『彼等(かれら)は次(つぎ)に何(なに)をするかしら!引(ひ)き下(おろ)せるなら窓(まど)から私(わたし)を引(ひ)き下(おろ)して呉(く)れゝば好(い)いが!もう長(なが)く此麽(こんな)處(ところ)に居(ゐ)たくない!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
倅(せがれ)はよくよく磨(と)ぎたる大鎌を手にして近より来たり、まず左の肩口を目がけて薙(な)ぐようにすれば、鎌の刃先(はさき)炉(ろ)の上(うえ)の火棚(ひだな)に引(ひ)っかかりてよく斬(き)れず。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
湖上住居(こじようじゆうきよ)は、しかし新石器時代(しんせつきじだい)ばかりでなく、次(つ)ぎの青銅器時代(せいどうきじだい)までも引(ひ)きつゞいて行(おこな)はれてゐたことは、湖水(こすい)の一番(いちばん)深(ふか)い底(そこ)からは石器(せつき)が發見(はつけん)され
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
それはとりもなほさず樹木(じゆもく)を愛(あい)し、引(ひ)いては山(やま)をも愛(あい)することになつて、國家(こつか)の安榮(あんえい)をつくることになるからです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
われわれは山へ引(ひ)っ込(こ)むもよい、塵界(じんかい)を去るもよいが、それが理想を養う必要条件では断じてない。理想は心の作用(さよう)である、実際は身体の作用である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「あつちと同(おな)じでいゝのよ。お願(ねが)ひするわ。宿賃(やどちん)だけ余計(よけい)になるけど。」と言(い)ひながら、道子(みちこ)は一歩一歩(ひとあしひとあし)男(をとこ)を橋向(はしむかう)の暗(くら)い方(はう)へと引(ひ)ツ張(ぱ)つて行(ゆ)かうとする。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
西(にし)の空(そら)はいま、血(ち)みどろな沼(ぬま)のやうに、まつ紅(か)な夕(ゆふ)やけに爛(たゞ)れてゐた。K夫人(ふじん)は立(た)つて西窓(にしまど)のカーテンを引(ひ)いた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
が、惡戯(いたづら)氣分(きぶん)になつて、夫(をつと)は手(て)を引(ひ)かなかつた。そして、なほも蜂(はち)の體(からだ)につつ突(つ)きかかると、すぐ嘴(くちばし)が松葉(まつば)に噛(か)みついた。不思議(ふしぎ)にあたりが靜(しづ)かだつた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
いわんや人事不省の社長を第二の人が引(ひ)き摺(ず)ったとか、または強制的に社長を歩かしめて自殺せしめたとかいうことは決して考えられないのであります。
((孫子))(三二)輜車(ししや)の中(うち)に居(を)り、坐(ざ)して計謀(けいぼう)を爲(な)す。田忌(でんき)、兵(へい)を引(ひ)いて趙(てう)に之(ゆ)かんと欲(ほつ)す。孫子(そんし)曰(いは)く
ヴェリチャーニノフはやにわに躍りあがって、この惡たれ小僧の耳朶を引(ひ)んもいでやりたくてならなかった。
石山さんが隣村の葬式に往って居ると娘が駈(か)けて来て、作代が逃げ出すと云うので、石山さんは遽(あわ)てゝ葬式の場から尻(しり)引(ひ)っからげて作代引とめに走って行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
そこではさきほどの百姓の兄弟にあたる人が引(ひ)き網(あみ)をしていました。鳩は蘆(あし)の中にとまって歌いました。
盗賊(とうぞく)どもは腹(はら)を立てて、人形の首を引(ひ)きぬき、手足をもぎ取って、本堂(ほんどう)の隅(すみ)っこに投(な)げ捨(す)てて置(お)いたのです。それを見て猿(さる)は、鬼(おに)の人形の中からどなりつけました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
お上(かみ)さんはお上(かみ)さんで、子(こ)ども達(たち)を引(ひ)きつれて御亭主(ごていしゆ)の立去(たちさ)つたあとへ、入(い)れ違(ちが)ひにやつて來(き)ました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)