はな)” の例文
わしら人間はどんな深山に分け入っても、一度人間として暮したことのあるものは、どこまでも人間をはなれることのできぬものじゃ。
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
教師が教場に出てもこころざしを遠きにけ、役人が執務するに、俗務のために没却ぼっきゃくされない、すなわち一ごんちぢめると、吾人ごじんが人格としてまったく世をはなれた思想をいだくと同時に
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その冷ややかな陰の水際みぎわに一人の丸くふとッた少年こどもが釣りをれて深い清いふちの水面を余念なく見ている、その少年こどもを少しはなれて柳の株に腰かけて、一人の旅人、零落と疲労をその衣服きもの容貌かおに示し
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
けれどもみんなは少しはなれた処で用心深くしてゐました。
そのうち弟はひとりだけ姉のそばからはなれた。いつものようにそういう時はすげなく見えたが、姉はべつに不思議そうにはしなかった。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
何時も一人はなれて坐るか、棒立ちになつてゐるかしてゐて、たとへ、遊んで貰へなくともいてさへ居れば、尾いてゐるだけで事足りてゐた。
めたん子伝 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
対手が自分とよほどはなれたところにいる人だと、色紙の一枚も書こうという人間はわざと入念に書くものであった。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
若しこれを愛する人があるならば此のつくばいから四五尺はなれたところに突然に植えて置く方が却ってよかろう。
庭をつくる人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
離れ山の洞窟のこの荒くれ男から、少しはなれた切株の上に腰をおろしたわかい女は、なまなましい脚を組んで、やはり山麓をゆく一行をおもむろに見まもっていた。
よい家庭にそだったノブスケは神戸の父母からはなれていたから、も一軒自分が好きに遊べる家庭がいるらしく、十日めくらいに大森の私の家に通うていたのだ。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
これは正宗白鳥や徳田秋声の場合もおなじであったが、藤村の場合はあまりにはなれたところに彼はいたし、幼少年者だった私の眼からは途方もない山嶽だったのだ。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかし、松岡は女からはなれる気もちで、出来るだけの素気ない冷淡さをよそわねばならぬと思った。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その生え方が一本は右に二本目は左に、三本目は笠が大きく少し離れて、四本目と五本目が右と左とに程よいほど離れていた。そのはなれ方にも言われぬ妙味があった。
庭をつくる人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そして女の桝からややはなれた桟敷さじきの囲いのそとに永く立っていた。私は胸に鼓動をかんじながら見ていると、女はお母さんと何か話をしいしい表の方へ目をやっていた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)