陰膳かげぜん)” の例文
「花も散ったが、お門辺かどべ箒目ほうきめ立って、いつもおきれい。部屋も縁も、艶々つやつやと明るう、御主人が留守とも見えぬ。……いや、陰膳かげぜんまで」
明日みようにち御前様おんまへさま御誕生日ごたんじようびに当り申候へば、わざと陰膳かげぜんを供へ候て、私事も共に御祝おんいは可申上まをしあぐべくうれしきやうにも悲きやうにも存候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
仏壇には、いつも、灯が新らしく、そして、陰膳かげぜんが美しく——ただ、その中に一つ、気味の悪いのは、薄絹の上の紙の中にある、髪の切ったものであった。
寛永武道鑑 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
と、芥川あくたがはさんがえいじて以来いらい、——東京府とうきやうふこゝろある女連をんなれんは、東北とうほく旅行りよかうする亭主ていしゆためおかゝのでんぶと、焼海苔やきのりと、梅干うめぼしと、氷砂糖こほりざたう調とゝのへることを、陰膳かげぜんとゝもにわすれないことつた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
亡き良人の位牌、また、一族の誰彼と、数限りなく本堂の壇にならんでいる護国の英霊の前に、朝暮、陰膳かげぜんを参らせる時のほかは、めったに裲襠うちかけもすそを曳いてはいなかった。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しゅうとと嫁とのほかに、藤吉郎の分も朝夕、必ず陰膳かげぜんとして、床の前にすえて喰べる。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時には、木曾川の国境へ遠征し、稀〻たまたま、帰って来ても城内の寝泊りが多いし、まだ二十歳にもならない新妻は、常に、陰膳かげぜんばかり供えて、独りで喰べ、独りで縫い、独りで家事を見ていた。
日本名婦伝:太閤夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)