錦木にしきぎ)” の例文
本郷界隈かいわいの或禅寺の住職で、名は禅超ぜんてうと云つたさうである。それがやはり嫖客へうかくとなつて、玉屋の錦木にしきぎと云ふ華魁おいらん馴染なじんでゐた。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
提灯の前にすくすくと並んだのは、順に数の重なった朱塗しゅぬりの鳥居で、優しい姿を迎えたれば、あたかもくれないの色を染めた錦木にしきぎの風情である。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
錦木にしきぎ——京の木屋あたりで流連りゅうれんでもしたご経験のある方なら、先刻ご存じのもの。宵の遊び疲れで、夜の明けたのも知らず、昼近くなって、やっと重い頭を持ち上げ
夏日小味 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「いいえ、どうぞこちらへ、今お茶を入れて、お話を新らしくしようという、丁度いいところです、高木博士は御存じでしたネ、深井さん御紹介いたしましょう、こちらは錦木にしきぎさん」
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
日は急がしきにつれて矢のごとく飛びぬ。露深く霧白く、庭の錦木にしきぎの色にほのめくある朝のこと、突然車を寄せて笑ましげに入り来るは辰弥なり。善平は待ち構えたるごとく喜び立って上にしょうじぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
〽立つる錦木にしきぎ甲斐なく朽ちて、逢わで年経としふる身ぞ辛き
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
うぐいはやごりの類は格別、亭で名物にする一尺の岩魚いわなは、娘だか、妻女だか、艶色えんしょく懸相けそうして、かわおそくだんの柳の根に、ひれある錦木にしきぎにするのだと風説うわさした。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
或日津藤が禅超にふと、禅超は錦木にしきぎのしかけを羽織つて、三味線をひいてゐた。日頃から血色の悪い男であるが、今日は殊によくない。眼も充血してゐる。弾力のない皮膚が時々口許くちもと痙攣けいれんする。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
釣鐘が目前めのまえへぶら下ったように、ぎょっとして、はっと正面へつままれた顔を上げると、右の横手の、広前ひろまえの、片隅に綺麗に取って、時ならぬ錦木にしきぎ一本ひともと、そこへ植わった風情に
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)