近路ちかみち)” の例文
「いかがでしょう? 先生。仙人になる修業をするには、どこへ奉公するのが近路ちかみちでしょう?」と、心配そうに尋ねました。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この二股坂と言うのは、山奥で、可怪あやしい伝説が少くない。それを越すと隣国への近路ちかみちながら、人界とのさかいへだつ、自然のお関所のように土地の人は思うのである。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
農家の門を外に出てみるとはたして見覚えある往来、なるほどこれが近路ちかみちだなと君は思わず微笑をもらす、その時初めて教えてくれた道のありがたさがわかるだろう。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
丁度自分の畑の所まで来ると佐藤の年嵩としかさの子供が三人学校の帰途かえりと見えて、荷物をはすに背中に背負って、頭からぐっしょり濡れながら、近路ちかみちするために畑の中を歩いていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
大原「ウム、そんな迂遠うえんな方法を取らないでも近路ちかみちはいくらもある。小山の妻君が世話を ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
近頃のおどる宗教を見ても察し得られるように、見知らぬ人たちが旅からやって来て、新らしい教えを説こうというのには、踊ることは近路ちかみちであり、また有効なる方法でもあった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あいにく近路ちかみちを取ったので、嫂の薄い下駄げた白足袋しろたび一足ひとあしごとに砂の中にもぐった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
で、菊江はすぐこっちから往こうかと思ったが、そのみち近路ちかみちにくらべると二町あまりも遠かった。それに街路とおりの上ではつまらないものの眼にもきやすいと云う考えも起って不安であった。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ここへ来る一里あまりの田のへりを近路ちかみちといへばまた帰り行く
歌集『涌井』を読む (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
近路ちかみちをせずと
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
朝まだきは納豆売、近所の小学に通ふ幼きが、近路ちかみちなれば五ツ六ツたもとを連ねて通る。お花やお花、撫子なでしこの花や矢車の花売、月の朔日ついたち十五日には二人三人呼びて行くなり。
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぼつぼつではあるが街路とおりの左右にいた街路照明の電燈のを見ると菊江はほっとした。菊江はこの数年来の不景気のために建物のふさがらない文化住宅の敷地の中を近路ちかみちして来たところであった。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)