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転変
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てんぺん
ながるる濠の水は
春秋かわりなく、いまも、
玲瓏秋の
宵の半月にすんでいるが、人の手にともされる
灯と、つがれる
油は、おのずから
転変している。
わが身のあわただしい
転変に心をうばわれ、人のことどころではなかったのだ。
転変の
激きは
莫しと
某老人の
申候其訳は
外充内空の
商略にたのみて、
成敗の
一挙に
決せんと
欲し
候人の、
其家構へに
於て、
町構へに
於て、
同処を
利と
致候よりの
事にて、今も
店頭に
堆きは
資産に
非ず
国ほろびて
山河かわらずという。しかし、人の
転変はあまりにはなはだしい。たとえば、いま
甲府の
城下を歩いて見ても、
逢うものはみな
徳川系の
武士ばかりだ。
いやでも応でも、宇宙は刻々に
易るという法則に立つ易学を生んだ
隣邦中国では、さすがに世の
転変には馴れぬいていたものか、古来
盗児に関する
挿話は今の日本にも負けないほど多い。