観物みもの)” の例文
旧字:觀物
と、小仏こぼとけの上で休んでいた旅人たちは、今、自分たちの後ろから登って来る一団の旅の群れを、これは観物みものと、みちばたで迎えていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遭難船なんてめずらしい観物みものだ。これから甲板へ駈け上って、写真にうつして置こうと思う。だから原稿は、一先ひとまずここにて切る。
沈没男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この観物みもののほうが一目でたやすく見てとられるし、早く見られる。同じほどすてきでいっそう簡便だ。何も気を散らさせるものはない。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
……あとで叔父がポカンとなって尻餅を突いている……という図はむしろ私にとって、小説や活動以上に痛快な観物みものに違いなかった。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、未だ海がさかんであつた時分、朝毎に百合子が此処を脱出する光景は仲々観物みものであつた。恰で脱獄者のやうであつた。
女優 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
赤い振袖を着た稀代きたいの美男が、復讐の快感にひたって、キラキラと眼を輝かす様は、言いようもなく物凄ものすさまじい観物みものです。
あのように言語道断な切りさいなまれ方をされる宣告を受けることになっている人間の姿、それが観物みものなのであった。
あくる朝の津田は、顔も洗わない先から、昨夜ゆうべ寝るまで全く予想していなかった不意の観物みものによって驚ろかされた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
君自身とのあつれき、悩みながらのやましい良心、虚栄心との争闘、そういうものがはじめて、君をあわれなひんしゅくすべき観物みものとするのである。——
道化者 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
そのころでは、これはこの上もない面白い観物みもの。あすは名主さまの家で『写し絵』があるということになると、近郷村一帯、だれも仕事に手がつかない。
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
さあ、お立ち会い! これだけの観物みものは、お主らが金を山と積んだところで、金輪際こんりんざい、拝める代物じゃあない。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
姉か何かのような上手うわての位置から、青年が顔を染めるのを、楽しい観物みものででもあるかのように、見おろしながら、しかも同時に媚を呈しながら、夫人が云った。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
シルヴァーの顔は観物みものだった。激怒のために眼玉は跳び山しそうだった。彼はパイプから火を振い出した。
私は然しこれは観物みものだと思った。それは土居光一が一座に加わってきたからで、文壇と画壇の鼻つまみの野獣を角突き合わせる、なるほど、こいつは趣向である。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
極光は今まで世界の人が天地間壮絶の観物みものと思っていたがこの夜の光に比べては、殆どるにも足らぬ。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
またその後ろには弟子達が沢山にいて行きますのでチベットでは非常な観物みものです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
型が違って互角なのが虚々実々と火花を散らして戦うところは古今の観物みものだ。
六区に至りては、園内観物みせものの中心地とも称すべきものにして、区内を四号地に分つ。これが観物みものは、時々変更して一定しがたしといえども、しばらく明治三十九年現在のものを記せば左のごとし。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
つまり崑崙山脈までの距離の遠し近しによって、出発の早し遅しが決まるのだそうですが、その行列というのが又スバラシイ観物みものだそうです。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大の男が蘭塔場の中で物の見事に腰を抜かす図は、お転婆で気象者で、物好きで人の悪いお喜多にとっては、何とも言いようのない面白い観物みものだったのです。
心霊術の実演よりも後閑一族の心のモツレを目にする方がどれぐらいまたとない観物みものだか知れない。多年きたえた奇術師の眼力でとくと観察してみようと思ったのである。
心霊殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
準之助氏は、本を読んでいる新子と、仰のけに寝ながら、新子の読む声に聞き惚れて、美しい黒目を一章一章に、うごかしている祥子とを、何か楽しい観物みもののようにしばらく眺めていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
女中たちは、なまじい御簾を下ろされて、せっかくの観物みものを妨げられることを好みませんでした。お松もまた、せっかくの観物の始まるに先だって、こんなことをしたくないのであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三幕の観物みものである。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
第二章 観物みもの
見る見る乱脈な凄惨むごたらしい姿に陥って行く、そのかん表現あらわれて来る色と、形との無量無辺の変化と、推移は、殆ど形容に絶した驚異的な観物みものであったろうと思われる。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
客と言うのは、友達関係を辿った知人全部で、主人の巽が金槌で卓子テーブルの上を引っ叩き乍らるのですから、滑稽と言えば滑稽、非惨と言えば悲惨、一寸類の無い観物みものでした。
この並びたつ両巨豪が折しも議事堂のごつた返す廊下や満員すしづめの食堂ですれ違ひ居並ぶ時は、両々火花を散らすその慇懃なる静寂、狙ひ、優美なる挨拶、壮観これに超ゆる観物みものすくないのである。
総理大臣が貰つた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
自棄やけにしても気狂きちがいにしても、これは面白い観物みものだと思わないわけにはゆきません。たしかに面白いには面白いが、あぶないこともまたあぶない。だからうっかり、いよいよ近寄ることはできません。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
死んでからまで芝居をしているのだ——と、後で係官の一人が不道徳な歎声をもらしたほど、それは惨憺たる魅惑というか、命がけの観物みものというか、比類を絶してすさまじい一カットでした。
キチガイ患者の極楽世界じゃ。奇妙キテレツ珍妙無類の。世界初めの精神病院。むろん誰でも参観随意じゃ。ドンナ素敵な観物みものになるかは。ふたを開けねば私もわからぬ。何から何まで新発明だよ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)