しとね)” の例文
ねやしとねから、枕の類にまで事寄せ、あるひは戀とし、あるひは哀傷として、詩にも作られ、歌にも詠まれ、文章にも綴られて來たのは
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼は夜遅くなつて、疲れて、草のしとねにも安息をおもふ旅人のやる瀬ない気持になつて、電車を下りて暗い場末の下宿へ帰るのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
申すも憚られますが、女と一つしとねでも、この時くらい、人肌のしっとりとした暖さを感じた覚えがありません。全身湯を浴びて、かんばしい汗になった。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして、当夜は平然と妻としとねを同じゅうし、枕を並べて熟睡していたのである。品川署もすっかり騙されて、支倉には一片の嫌疑さえかけなかった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
覚めて桶の中に坐りて背を日向ひなたらし、夕さりくれば又其桶の中にしとねもなく安寝やすいし、瞑想幽思めいさういうし、ひとり孤境の閑寂を楽んで何の求むる所なく、烟霞えんかをこそ喰はね
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
意外の事件から意外の事件、心も体も疲労つかれ切っている。ところで場所は密林の中、微風が渡って枝葉が囁き、それがまるで子守唄のようだ。軟かい草はしとねである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「うむ、うむ、うむ、おりゃ、死ぬよ、死ぬよ、おれは徳川のために死んでみせるよ、誰が何と言おうとも、おれが一人、江戸の城を枕にして、この槍をしとねにして、死んでみせるよ」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あの銀色をした温味のある白毛のしとねから、すやすやと聞えやうかと耳を澄ます、五月雨さみだれには、森の青地を白く綾取あやどつて、雨が鞦韆ブランコのやうに揺れる、椽側えんがはに寝そべりながら、団扇うちはで蚊をはたき
亡びゆく森 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
そんなとき由紀はしとねえりをかけよせながら、すでに年の押し詰まっていること、この暮をぶじに越せるかどうかということを考えては、追われるような苦しさに溜息をつくことがしばしばだった。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
様子をうかがっておりましたが、それきり物音もしませぬので、まずかったと息をき、これからしずかしとねの方を向きますると、あにはからんやその蝙蝠は座敷の中をふわりふわり。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と叫びながら芳江姫はしとねから擦り抜け老師の膝へまろび寄った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小宮山は夷屋えびすやと云う本町の旅籠屋に泊りました、宵の口は何事も無かったのでありまするが、真夜中にふと同じしとねにお雪の寝ているのを、歴々ありありと見ましたので、喫驚びっくりする途端に
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、各自めいめいしとねにはいり静かな睡眠ねむりに入ろうとした。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)