街路まち)” の例文
その上、ワーヴルの狭い橋でディール河を越さなければならなかった。そしてまたその橋に通ずる街路まちにはフランス軍が火を放っていた。
多くの市民は乗るものもなく、皆徒歩で立退たちのいたという話をした。それらの人達が夜の街路まちに続いて、明方まで絶えなかったという話をした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして僕は非常に愉快な軽やかな気持になって、大抵の用なんかは忘れてしまって、浮かれたように街路まちを歩き廻るのだ。
白日夢 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
朝陽あさひがむこう側の屋根瓦を寒く染めていた。労働者が群をして狭い街路まちを往来していた。謙作は海岸の方角が判らなくなっていた。彼は人にこうと思った。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「次の街路まちのリージさんのところへいらっしゃいな。きっとありますわ。あすこならなんでもありますよ。」
平常ふだんでさえにぎやかな人形町通りの年の市はことのほか景気だって、軒から軒にかけ渡した紅提燈べにぢょうちん火光ほかげはイルミネーションの明りと一緒に真昼のように街路まちの空を照らして
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
見る見るうちに街路まちの向うの……ズウット向うの方へ曲り曲って見えなくなってしまった。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
其邊はう場末で、通り少なき廣い街路まちは森閑として、空には黒雲が斑らに流れ、その間から覗いてゐる十八九日許りの月影に、街路に生えた丈低い芝草に露が光り、蟲が鳴いてゐた。
札幌 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それ等の酒場やカフエーが一斉に表のを消すので、街路まちにわかに薄暗く、集って来る円タクは客を載せてもいたずら喇叭らっぱを鳴すばかりで、動けない程込み合ううち、運転手の喧嘩がはじまる。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
暗黒の街路まち。歩きながらの会話。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「お前たちはもうここにはいられねえ。その番地の所へ行きな。すぐ近くだ。左手のすぐの街路まちだ。この書き付けを持って道をきくがいい。」
「あ、全くだ。夜遅く、もう電車もなくなった街路まちを、ぶらりぶらり歩いてくるのは、実にいい気持のものだよ。お前には分らないかなあ……。」
裸木 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
宵の明星の姿が窓の外の空にあった。時々その一点の星の光を見ようとして窓側まどぎわに立つと、すさまじい群集の仏蘭西国歌を歌って通る声が街路まちの方に起った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何時いつの間にか電燈がいていた。謙作は洋食屋を出る時の物に追われているような気もちは改まって、ゆっくりした足どりになって微暗うすぐら黄昏ゆうぐれ街路まちを歩いていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其辺そこらう場末の、通り少なき広い街路まちは森閑として、空には黒雲が斑らに流れ、その間から覗いてゐる十八九日許りの月影に、街路に生えた丈低い芝草に露が光り、虫が鳴いてゐた。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
皆そうだ。ひとりとしていいやつはいない。街路まちに流れてる空気を吸えば、それでもう気が狂ってしまう。十九世紀は毒だ。
君と別れて、もう夕方だろう、一人でぼんやり街路まちを歩いてると、またすぐ君に逢いたくなるんだ。それが嬉しいようで淋しいようで、変梃なのさ。
下宿では主婦かみさんも、主婦の姪も食堂の窓のところへ行って、街路まちを通る歩兵の一隊を見送ろうとした。岸本が同じ窓に近く行った時は、主婦は彼の方を振向いて
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夜中に街路まちを歩いてると、木が首切り台のように見えたり、大きい黒い家がノートル・ダームの塔のように見えたり、また白い壁が川のように見えるので
それで僕は、変に堪らない気持で外へ飛び出す。そしてむやみと……彷徨するんだ。犬みたいだね。何かしら探し求めずにはいられなくなる。街路まちを通ってる女達の顔を
裸木 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その晩私は長い間街路まちを歩き廻った。なるべく淋しい裏通りを選んで歩いた。そして自然に私は首垂れて英子のことを思い耽っていた。彼女の冷たい半面と熱情の半面とが私の頭を乱した。
運命のままに (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「あなたはあの街路まちをよく御存じでしょうね。」
何時も空の色が黝紺に輝き、そして生物の眼のように光りつつうち震える無数の燈火が、列をなして街路まちの両側に流れる。アスファルトを鋪いた真直の通りを、多くの人が黙って通って行く。
蠱惑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そして街路まちを通る人達は皆彼と反対の方向へ行く者のように彼には思えた。雨の中を、傘をさして通る人々の冷たい無関心な眼附の中を、そしてちらちら光る軒燈の中を、彼は一人歩いていた。
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ある寒い夜、孝太郎と恒雄とは外套の襟を立てて一緒に街路まちを歩いた。
囚われ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
一人で街路まちを歩き廻る時なんか、彼女の指と耳朶とが眼先にちらついて離れないことが四五分も続くようになった。そして下宿の室に一人机に向っても、もう書物をひらくだけの力も無くなっていた。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
昼のように明るい街路まち、美しいにぎやかな人通り、宮殿のようにきらびやかな店先、うまそうな食物のにおい、楽しい音楽のひびき、そんなものに悪魔は気がぼーっとして、いつまでもうろついていました。
不思議な帽子 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
私は一人で当もなく夜の街路まちを歩き廻った。僅かの友達をもなるべく避けるようにした。そして仄暗い裏通りを首垂れながら歩いている自分の孤影を見出しては、憂鬱な気分が益々濃くなっていった。
運命のままに (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
特に、夜更けの街路まちを歩き廻る癖までを奪われた今となっては。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)