蚕食さんしょく)” の例文
あわよくば、その領を蚕食さんしょくすべく、つねに積極的な他の土豪の乱波らっぱ(第五列)が、純朴な農民をそそのかして、すぐ攪乱かくらんを計るものらしい。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侵入者の蚕食さんしょくと、そうして建てられた森林境いの家や柵は、昔の森林取締法によって非常な妨害とかんがえられ、鳥獣をおびえさせ、森林を
武州公は彼一流の秘密な快感を追いながら、而も着々として周囲にあるものを蚕食さんしょくし、領土をひろげて行ったのである。
彼は偉大なのらくら者、悒鬱ゆううつな野心家、華美な薄倖児はっこうじである。彼を絶えず照した怠惰の青い太陽は、天が彼に賦与ふよした才能の半ばを蒸発させ、蚕食さんしょくした。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ところが彼等諸君子は学校で教育を受くるに従って、だんだん君子らしくなったものと見えて、次第に北側から南側の方面へ向けて蚕食さんしょくを企だてて来た。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実際をいうと、私はある永久の変化——私の生命をだんだんに蚕食さんしょくしていくところの発作から来る肉体的変化を予期していたが、全然そんな変化は見えなかった。
そこは旧い貧民街を蚕食さんしょくして、モダンな住宅が処々に建ちかかっているという土地柄だった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
土地の蚕食さんしょくは、日に日に、大いにおこなわれた。それが天智天皇以前の天下の形勢であつた。
そしては、フランスを蚕食さんしょくしてるそれらの下賤げせんな奴らによって、フランスを批判している。
支那革命の援助者が今は、支那側から言わせれば売国計画の中心人物になりはてている。いわゆる支那浪人の徒輩だ。これがまた、支那の言う蚕食さんしょく、日本の侵略の手先になっている。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
「二人でも足りない。各夫婦が二人しか生まないとすると後継を拵えた丈けだから元々だ。蓄えというものがない。見る/\、戦争疫癘えきれいその他の事故に蚕食さんしょくされて、人類は滅亡を遂げる」
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
のう熟〻つらつら考うるに、今や外交日に開け、おもて相親睦あいしんぼくするの状態なりといえども、腹中ふくちゅう各〻おのおの針をたくわえ、優勝劣敗、弱肉強食、日々に鷙強しきょうの欲をたくましうし、しきりに東洋を蚕食さんしょくするのちょうあり、しかして
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ピエール・ロチは欧洲人が多年土耳古を敵視し絶えずその領土を蚕食さんしょくしつつある事を痛嘆して『苦悩する土耳古』と題する一書をあらわし悲痛の辞を連ねている。日本と仏蘭西とは国情を異にしている。
正宗谷崎両氏の批評に答う (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかも梁山泊の勢いは、日に日にさかんとなりつつある。疑心暗鬼、つねに祝家荘しゅくかそう一円が、彼から蚕食さんしょくされはしまいかと、厳に警戒しあっていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今川家いまがわけ蚕食さんしょくし、織田おだ家とむすんで、やや一国の体面をたもってからでも、艱苦貧乏は徳川家の守り神であり、家中の精神をたゆまずみが砥石といしだったものである。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ようやく成人した主君をいただいて、信長と隣交をむすぶ一方、今川家の領をすこしずつ蚕食さんしょくして
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の勢威いよいよさかんなりとも思えるが、事実は左にあらずで、年ごとに領境を隣国の袁紹えんしょう蚕食さんしょくされ、旧来の城池では不安をおぼえてきたための大土木であり、そこへ移ったのは
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲斐の武田氏に蚕食さんしょくされ、上田原の戦をさいごとして、本城は落去らっきょ、一族は離散、夫人は千曲川に身を投じて果てるなどという、世が静かなら有り得ない惨たる滅亡を告げてしまった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾度か越兵に蚕食さんしょくされては、その度毎に武田勢が奪回してくれていたが、年々、越後の上杉勢は、上州から武蔵へと、一城一城、羽翼をのばして来て、近年では北条勢も武田勢も、まったく
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)