ほしいま)” の例文
旧字:
その時男の声音こわねは全く聞えずして、唯ひとり女のほしいままに泣音なくねもらすのみなる。寤めたる貫一はいやが上に寤めて、自らゆゑを知らざる胸をとどろかせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
子嬰を殺し義帝を追ひ、咸陽を屠つてそれでも飽き足らず、阿房宮も焼いた、始皇帝の墓もあばいた。さうして自ら立つて彭城の春をほしいままにした。
悲しき項羽 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
例えば戦争という人生の事実がほしいままに個人を殺傷して個人生活の安全を害すると共に世界の平和をも乱すことは何人なんぴとにも明白なることであるのですが
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
無遠慮にも本来の狂態を衆目環視しゅうもくかんしうちに露出して平々然へいへいぜんと談笑をほしいままにしている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
花見の客が想ひ/\の扮装を凝して一夜の宴をほしいまゝにするといふ行事が、五六年前に亡くなつた池部の父親の代まで、昔ながらに続いてゐたのである。
夜の奇蹟 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
これを語らんに人無く、うつたへんには友無く、しかも自らすくふべき道は有りや。有りとも覚えず、無しとは知れど、わづらふ者の煩ひ、悩む者の悩みてほしいままなるを如何いかにせん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼の階子はしごを下り行くとひとしく貴婦人は再びグラスを取りて、葉越はごしの面影を望みしが、一目見るより漸含さしぐむ涙に曇らされて、たちま文色あいろも分かずなりぬ。彼は静無しどなく椅子に崩折くづをれて、ほしいままに泣乱したり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)