かが)” の例文
こうてくると、過去をただ時の流れといってしまうには、余りに人と歴史のあやは目に見えぬ密度の糸でかがられている。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その次には、喜いちゃんが、毛糸で奇麗きれいかがった護謨毬ゴムまり崖下がけしたへ落したのを、与吉が拾ってなかなか渡さなかった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
露が光るように、針のさきを伝って、薄い胸から紅い糸が揺れて染まって、またかがって、銀の糸がきらきらと、何枚か、幾つの蜻蛉が、すいすいと浮いて写る。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何か飲物をこぼした汚点しみだの手垢だのでよごれ放題、おまけにかがりの糸もゆるんだり切れたりして、何代の人手に転々としたか想像もつかぬほどの大時代物である。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
表紙と中味の連絡は、中身のかがり糸で表紙に膠着こうちゃくされ、その上を見返し紙が抑える。ぞんざいなのは背と峰に貼付けただけのもある。之は表紙の紙が切れて放れ易い。
書籍の風俗 (新字新仮名) / 恩地孝四郎(著)
裁縫しごとの手をめて、火熨に逡巡ためらっていた糸子は、入子菱いりこびしかがった指抜をいて、鵇色ときいろしろかねの雨を刺す針差はりさしを裏に、如鱗木じょりんもくの塗美くしきふたをはたと落した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陣羽織といっても、青木綿あおもめんのひらひらしたやつで、ただ、襟だけに金襴きんらんに似たきれかがりつけてある。誰が着たのか、桐の紋は、背中に白く染め抜いてある。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
壁もふすまも、もみじした、座敷はさながら手毬の錦——落ちたの葉も、ぱらぱらと、行燈あんどうめぐって操るくれない。中をかがって雪の散るのは、幾つとも知れぬ女の手と手。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人の間には、いつも一匹の蜘蛛くもがいて、目に見えない運命の糸にかがられているような気がされてならない。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渋色のたくましき手に、赤錆あかさびついた大出刃を不器用に引握ひんにぎって、裸体はだかおんな胴中どうなかを切放していぶしたような、赤肉と黒の皮と、ずたずたに、血筋をかがった中に、骨の薄く見える
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さきの一例でりているので、今日は大事をとるつもりだろうが、その妖艶ようえんびといったらない。たとえば蜘蛛くもがその獲物えものを徐々に巣の糸にかがり殺して、やがて愉しみ喰らおうとするようだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)