目送もくそう)” の例文
路端みちばたの人はそれを何か不可思議のものでもあるかのように目送もくそうした。松本は白張しらはり提灯ちょうちん白木しらき輿こしが嫌だと云って、宵子の棺を喪車に入れたのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
村居六年の間、彼は色々の場合に此杉のしたに立って色々の人を送った。かの田圃をわたり、彼雑木山の一本檜から横に折れて影の消ゆるまで目送もくそうした人も少くはなかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
驚き見れば長高たけたかき老紳士の目尻もあやしく、満枝の色香いろかに惑ひて、これは失敬、意外の麁相そそうをせるなりけり。彼は猶懲なほこりずまにこの目覚めざまし美形びけいの同伴をさへしばら目送もくそうせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
僕は振り返って老紳士を目送もくそうしながら、教員には決してなるまいと決心した。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
すわや海上の危機はせまるとおぼしく、あなたこなたに散在したりし数十の漁船は、にぐるがごとく漕戻こぎもどしつ。観音丸かんのんまるにちかづくものは櫓綱ろづなゆるめて、この異腹いふくの兄弟の前途をきづかわしげに目送もくそうせり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
立って行く叔母の後姿うしろすがたを彼女がぼんやり目送もくそうしていると、一人残った継子が突然誘った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれてへやを出るときはたいらであったが、階子段はしごだんを降りるきわには、台が傾いて、急に輿こしから落ちそうになった。玄関に来ると同宿の浴客よくかくが大勢並んで、左右から白い輿を目送もくそうしていた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
瓦斯煖炉ガスだんろの色のだんだん濃くなって来るのを、最前さいぜんから注意して見ていた津田は、黙って書生の後姿を目送もくそうした。もう好い加減に話を切り上げて帰らなければならないという気がした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)