的皪てきれき)” の例文
女はにも云わずに眼を横に向けた。こぼれ梅を一枚の半襟はんえりおもてに掃き集めた真中まんなかに、明星みょうじょうと見まがうほどの留針とめばり的皪てきれき耀かがやいて、男の眼を射る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さうしてそれが頭の上の水面へやつと届いたと思ふと、忽ち白い睡蓮すゐれんの花が、丈の高い芦に囲まれた、藻の匀のする沼の中に、的皪てきれきあざやかつぼみを破つた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
的皪てきれきと花かぐはしく
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
と例の桜のつえで、杉の間を指す。天を封ずる老幹の亭々と行儀よく並ぶ隙間すきまに、的皪てきれき近江おうみうみが光った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「実はな、敦賀つるがまで、お連れ申さうと思うたのぢや。」笑ひながら、利仁は鞭を挙げて遠くの空を指さした。その鞭の下には、的皪てきれきとして、午後の日を受けた近江あふみの湖が光つてゐる。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また的皪てきれきと春に照る梅を庭に植えた、また柴門さいもん真前まんまえを流れる小河を、垣に沿うてゆるめぐらした、家を見て——無論画絹えぎぬの上に——どうか生涯しょうがいに一遍で好いからこんな所に住んで見たいと
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから何分かののちである。かわやへ行くのにかこつけて、座をはずして来た大石内蔵助は、独り縁側の柱によりかかって、寒梅の老木が、古庭のこけと石との間に、的皪てきれきたる花をつけたのを眺めていた。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
柳と柳の間に的皪てきれきと光るのは白桃しろももらしい。とんかたんとはたを織る音が聞える。とんかたんの絶間たえまから女のうたが、はああい、いようう——と水の上まで響く。何を唄うのやらいっこう分らぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)