甘酸あまず)” の例文
〔はあ、では一寸行ってまいります。〕木の青、木の青、空の雲は今日も甘酸あまずっぱく、足なみのゆれと光のなみ。足なみのゆれと光の波。
台川 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
昼は、空と港が一つに煙って、へんに甘酸あまずっぱい大気のなかを黄塗りの電車がことこと揺れて通った。その警鈴は三分の一ほど東洋的にはかなかった。
境内けいだいには、はぎのはなさかりなばかりか、どこからともなく、もくせいの甘酸あまずっぱいようなかおりがただよってきました。
子供は悲しみを知らず (新字新仮名) / 小川未明(著)
今まで甘酸あまずっぱいような厭味いやみを感じていた提琴の音のよさがわかり、ジムバリスト、ハイフェツなどのおのおののき方の相違が感づけるくらいの
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
甘酸あまずっぱい湯気を立てている鮨屋(此湯気は甘酸っぱくないかもしれぬが、そうしておかぬと気持が出ない)
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
武蔵はふと、前の晩の、枕元へ迫った後家のささやきと、甘酸あまずい髪のをおもいだして、横を向いた。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真白な頸筋から甘酸あまずっぱい匂いが洩れてきた。周平は眼を外らして、冷たくなった杯を口へ運んだ。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それを消すために始終注意して香水をつけていたのでしょうが、しかし私にはその香水と腋臭との交った、甘酸あまずッぱいようなほのかな匂が、決して厭でなかったばかりか
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが、かの女が草をらないことを頑張れば息子も甘酸あまずっぱく怒って、ことによったらかの女をスポーツ式に一つくらいはどやすだろう。そしたらまあ、仕方が無い、取ってもい。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ぷうんと蜜柑の香りがした。一房ちぎって口の中へほうりこんだ。甘酸あまずっぱい汁——たしかに地上でおなじみの蜜柑にちがいなかった。しかもこの味は四国産の蜜柑と同じだった。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
甘酸あまずっぱい実を、よくながめては、食べているうち、ふっと瞼の裏が、熱くなりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
妙な鼻をつくような甘酸あまずいような臭いがしたので、はっと思って電灯をつけると、驚いたことに助手の竹内さんは細工台のもとに気絶して倒れ、白金の塊が見えなくなっていたそうです。
暗夜の格闘 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
これからかおが少し広くなり出すと、感心に道具屋を始めてアウタルキーを志したのはいいが、士族の道具屋が、いつまで続くものかなあ——と神尾が甘酸あまずっぱい面をしながら読んで行く。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
色は美しいが石のように固く、甘酸あまずっぱいような強い香りを放った。
改訂御定法 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
甘酸あまずっぱい湿った臭いを発散させて暗く押し黙って並んでいる。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
甘酸あまずっぱいおもいが、俺の胸に溢れてきた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
何を見ても触れても、甘酸あまずっぱい春の蜜をたたえている自然である。蜂も、鳥も、猫も、恋をしていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山楂子の実は甘酸あまずっぱい味がして、左程さほどまずくもないそうだけれど、そのほこりだらけなのに怖毛おじけをふるって、私達はとうとう手が出なかった。この山楂子売りはハルビン街上風景の一主要人物である。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
なにやら、甘酸あまずッぱいものが、かれの顔じゅうにコビリついて、ふいてもふいてもしまつがつかない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)