牛鍋ぎゅうなべ)” の例文
当時には御馳走と思われた牛鍋ぎゅうなべや安洋食を腹いっぱいに喰って、それであとで風邪を引いたというはっきりした経験はついぞ持合わせず
変った話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分はいつも人力車じんりきしゃ牛鍋ぎゅうなべとを、明治時代が西洋から輸入して作ったもののうちで一番成功したものと信じている。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
牛鍋ぎゅうなべは庭で煮た。女中が七輪しちりんを持ち出して、飛び石の上でそれを煮た。その鍋を座敷へ持ち込むことは、牡丹屋のおばあさんがどうしても承知しなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
地獄だ、地獄だ、と思いながら、私はいい加減のうけ応えをして酒を飲み、牛鍋ぎゅうなべをつつき散らし、お雑煮ぞうにを食べ、こたつにもぐり込んで、寝て、帰ろうとはしないのである。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
マンは笑ったが、大きな丸い飯台に、牛鍋ぎゅうなべを中心に、一家が揃うと、賑やかで、楽しかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
久し振りの歌舞伎かぶきが楽しみだとか、福助が早く見たいとか、何日いつの音楽会は誰さんのピアノが一番聴きものだとか、女の癖に東京風の牛鍋ぎゅうなべが早くたべたいとか、とか、とか、とか
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし蒲鉾かまぼこの種が山芋やまいもであるごとく、観音かんのんの像が一寸八分の朽木くちきであるごとく、鴨南蛮かもなんばんの材料が烏であるごとく、下宿屋の牛鍋ぎゅうなべが馬肉であるごとくインスピレーションも実は逆上である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしておまけに卵を五つ六つ牛鍋ぎゅうなべの中に入れて食べた。しかしその無邪気な会話と獣性を帯びた食欲の裏に、一種妙な素朴な打ちけた心持が一座の中に流れているのを久野はすぐ感知した。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
結局牛鍋ぎゅうなべのジクジク云う音を聞いて、ぐびり/\やりながらお互の真紅まっかな顔を睨み合うのが一番景気が好さそうだと云う事になって、大学裏門側の豊国とよくにへ躍り込んだのは午後四時頃であった。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
毛氈もうせんの赤い色、毛布けっとの青い色、風呂敷の黄色いの、さみしいばあさんの鼠色まで、フト判然はっきりすごい星の下に、漆のような夜の中に、淡いいろどりして顕れると、商人連あきゅうどれんはワヤワヤと動き出して、牛鍋ぎゅうなべ唐紅とうべに
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
牛鍋ぎゅうなべでもつつこうや」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
この角の向側に牛肉屋の豊国とよくにがある。学生の頃の最大のラキジュリーは豊国の牛鍋ぎゅうなべであった。色々の集会もここであった。
病院風景 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
肉を突ッついたはしはその紙に置いてもらいたいとの意味だ。煮えた牛鍋ぎゅうなべは庭から縁側の上へ移された。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕たちは上野へ出て、牛鍋ぎゅうなべをたべた。兄さんは、ビールを飲んだ。僕にも少し飲ませた。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
酒を呑みたいなら、友人、先輩と牛鍋ぎゅうなべつつきながら悲憤慷慨こうがいせよ。それも一週間に一度以上多くやっては、いけない。びしさに堪えよ。三日堪えて、侘びしかったら、そいつは病気だ。
困惑の弁 (新字新仮名) / 太宰治(著)