おど)” の例文
むしろの上のあちこちにおどんでいた男やら女やらの影は、急にワラをもつかみたい目つきになって、彼のことばに耳をいでいた。
海岸からはだいぶ道程みちのりのある山手だけれども水は存外悪かった。手拭てぬぐいしぼって金盥かなだらいの底を見ていると、たちまち砂のようなおりおどんだ。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雨がはれあがって、しめっぽい六月の空の下に、高原地の古い町が、おどんだような静さと寂しさとで、彼女のうるんだ目に映った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
外の波濤は穂がしら白く、内のとろみは乳黄で、またやや光った銅色で、閑かなようでもどうにもならないおどみがある。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
蠣殻町から汚い水のおどんだ堀割を新材木町の方へ渡ってゆくと、短い冬の日はもう高いむね彼方かなたに姿を隠して
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
不思議に思って中をのぞくと、香の色をした液体が半分ばかりおどんでいる底の方に、親指ぐらいの太さの二三寸の長さの黒っぽい黄色い固形物が、三きれほどまるくかたまっていた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それまではたれにもおどんでいた一抹いちまつ危惧きぐだったものも、恩怨おんえんすべて、尊氏のことばで、すかっと、一掃いっそうされた感だった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
机の上には来た時のままの紙や本が散らばっていて、おどんだような電気の明りに、夏虫が羽音を立てていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
屋根の太陽は赤くおどみて石だたみ古るき歩道ほだうに暮れ落ちにけり
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
甲冑かっちゅうを白い衫衣すずしに脱ぎかえ、蚊やり香の糸にしずかな身を巻かれてみると、あだかも血の酔いから醒めたような、むなしいものだけが心におどんでくるのだった。
「いいんだよ。」と、芳太郎は耳に挟んでいた両切りの莨に火をけて吸いながら、お庄の傍を離れなかった。帽子もかぶらない顔が蒼白く、目の色もおどんでいる。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おどえつつ……血のごともらんぷは消ゆる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
じっと部屋に坐っていると、お今は時々おどんだ頭脳あたまが狂いそうに感ぜられた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
くされたる酒類さけるゐおどにごりて
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)