温石おんじゃく)” の例文
建礼門院は、主上の御入水じゅすいを見届けると、今はこれまでと覚悟して、すずり温石おんじゃくを左右の懐に入れると、そのまま海に身を躍らせた。
急にあわせが欲しいほどに涼しくなって、疝気せんきもちの用人はもう温石おんじゃくを買いにやったなどといって、蔭で若侍たちに笑われていた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「しかるにお町坊は、家を助けるという口実のもとに、その伊勢屋の隠居のもとへ温石おんじゃくがわりの奉公に出ようというのだな」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「旦那様、ひどくおなかが痛みますなら、冷えると余計悪くなりますので、河原の石でも焼いて、間に合せの温石おんじゃくでもお当てなさいますか」と親切はおもてに現われた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ようやく落着いてこの通り、——温石おんじゃくを三つ下の腹へ当てていますよ、こいつは楽じゃありませんぜ」
かて温石おんじゃくと凍餓共に救う、万全の策だったのである、けれども、いやしくも文学者たるべきものの、紅玉ルビー緑宝玉エメラルド、宝玉を秘め置くべき胸から、黄色に焦げたにおいを放って
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝早く出掛でかけ間際まぎわに腹痛みいづることも度々たびたびにて、それ懐中の湯婆子ゆたんぽ懐炉かいろ温石おんじゃくよと立騒ぐほどに、大久保よりふだつじまでの遠道とおみちとかくに出勤の時間おくれがちとはなるなり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
また時々塩を貰って温石おんじゃくを当てる、それは実に親切なもので。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
草庵そうあん温石おんじゃくの暖ただ一つ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
これは正月のことで寒いから、老人だけに袖の中に温石おんじゃくを持って、手を温めているのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それがどうしても堪えられなくなって、昼から温石おんじゃくなどでしのいでいたが、日が暮れると夜の寒さが腹に沁み透って来た。かれは痙攣さしこみの来る下腹をかかえて炉のそばに唸っていた。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)