くらま)” の例文
電光一閃氏が頭上に加はりしも早速の働き、短銃ピストルを連発せしにより。曲者はその目的を達し得ずたちまちに踪跡をくらましたり。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
マリテレーズ別荘の殺人事件以来行方をくらましているグロニアールとルバリユとの住んでいたアンジアンの別荘を想い出した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
佐渡はこの若い殿の英敏を知っているし、自分の口添えが、決してその英敏をくらますものでないことも分っているので、ただ
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は親友の前にみづからの影をくらまし、その消息をさへ知らせざりしかど、陰ながら荒尾が動静の概略あらましを伺ふことを怠らざりき、こたびその参事官たる事も
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かくいへばとてひたぶるに閑寂を好み、山野に跡をくらまさんとにはあらず、やゝ病身人にみて世を厭ひし人に似たり。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
くらまされ、人間の踏むべき道を失うとは笑止千万な……お帰りなさい。貴公たちの手に討たるる大弐ではない
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
女が汽車に乗るのを見送った足でTは放浪を——というのが正しいかしら、行方をくらましてしまった。
幽霊を見る人を見る (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
再び狼の爪につかまれぬためには、変名して手紙を受とったり、住居をくらましたり、辛酸をなめた。
バルザックに対する評価 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それを見破って夫人は棄鉢に強くなって、もう脅迫などには負けていませんでした。それで彼はあきらめて印度へ帰りました。その後今日まで行方をくらましていたのだというのです。
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
一時姿をくらますんだな。そうすれば決裂の糸口がつくだろうと思うんだ。すみ子さん。明部屋のはなしが付かなければ、迷惑をかけても済まないから、僕は今夜だけ何処どこかで泊ろう。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さうして一時姿をくらまして居たそれらの品物は、後になつて思ひも寄らないやうな、その癖考へればごく当りまへな場所から、或はその時に注意深く捜した筈だと思へる馬鹿げた場所から
また、どうとかした方法で、お客様がたの目をくらますことが出来たといたしましても、投げつける時は、あの造りものの鐘が、半四郎師匠の白拍子に、かむさる瞬間にいたさねばなりますまい。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
それで甚だ不本意ながら、暫らく行方をくらましていたわけなのです。
死者の権利 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
自己の罪条をいいくらますに努めると、まさに、懸河けんがの弁舌というもおろか、思わず聞きれるばかりだった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
故意に欺くつもりではないが、最初女の誤り認めた事を訂正もせず、寧ろ興にまかせてその誤認をなお深くするような挙動や話をして、身分をくらました。この責だけは免れないかも知れない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家の内を隈無くまなく尋ぬれども在らず、さては今にも何処いづこよりか帰来かへりこんと待てど暮せど、姿をくらませし貫一は、我家ながらも身をるる所無き苦紛くるしまぎれに、裏庭の木戸よりかささで忍び出でけるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
暁の霜を踏んで、深夜の客はどこともなく姿をくらました。
深夜の客 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)