ねん)” の例文
一茎草をねんじて丈六の仏に化することもわるくないが、私は草の葉の一葉で足りる。足りるところに、私の愚が穏坐している。
白い花 (新字新仮名) / 種田山頭火(著)
みずから壇の燈明とうみょうをとぼし、こうねんじ、経文一巻をよみあげる。そのあとも、氷のようなゆかの冷えもわすれきって禅那ぜんなの黙想をつづけるのだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
霊山会上りょうぜんえじょうに釈迦が優曇華うどんげねんじて目をまたたくのを見たのはまさに百万衆であった、が、この時真に見たのはただ摩訶迦葉かしょう一人である。他の百万衆は見て見なかった。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
芭蕉が「草庵に暫く居ては打やふり」と付けたる付け方、徳山とくさんの棒が空にひらめくやうにして、息もつまるばかりなり。どこからこんな句をねんして来るか、恐しと云ふほかなし。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
遅れ咲きの八重やえざくらが、爛漫らんまんとして匂う弥生やよいのおわり頃、最愛の弟子君川文吾きみかわぶんごという美少人を失って、悲歎やるせなく、この頃は丹青たんせいの能をすら忘れたように、香をねんじて物を思い
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
小さな如来にょらいを安置した佛壇の中に「江東院正岫因公大禅定門」と記した位牌いはいがある、それぞまさしく三成の法名であったから、源太夫すなわってその前に至り、うや/\しく香をねんじて礼をした。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが、この無言の雄弁は、釈尊しゃくそんと阿難が指にはなねんじながら微笑ほほえんだような平和な光も謎もない。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、そのうちに施主せしゅの巧雲が、楚々そそと、前へすすんでこうねんじる。まことしやかなその合掌の長いこと。それと白襟しろえりあしのなまめかしいこと。たちまち、お経はみだれてきた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)