憤怒ふんど)” の例文
すさまじく憤怒ふんどの色をあらわし、なかなか芝居に骨がおれる丸本は、竹見の手首を縛った麻紐を、ぐっと手元へ二度三度手繰たぐった。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
逞しい豪傑が憤怒ふんどするよりも、この婆が根のけている前歯を吹き飛ばしそうにして叫ぶ声のほうが、武蔵は、怖い気持がした。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は暫時の間、茫然として、部長の顔を凝視みつめて居た。やがて、彼の眼には陥穽かんせいちた野獣の恐怖と憤怒ふんどが燃えた。(完)
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
五分間も経つたかと思ふと、岸からウルグ島までの海が抑へられない憤怒ふんどの勢ひを以て、鞭打ち起された。中にもモスコエ島と岸との間の激動が最も甚しい。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
しこの婆さんの笑いが毒々しい笑いで、面付つらつき獰悪どうあくであったら私はこの時、憤怒ふんどしてなぐとばしたかも知れない。いくら怖しいといったって、たかが老耄おいぼればばあでないか。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
働くにぞ大膳は元來短氣たんきの性質なれば無念むねん骨髓こつずゐてつすれども伊賀亮が戒めしは此所ここなりと憤怒ふんどこらへ居たりける斯て八山の天一坊が行列には眞先に葵の紋を染出せし萌黄純子もえぎどんす油箪ゆたん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
事々物々秩序ちつじょを存して動かすべからざるの時勢じせいなれば、ただその時勢に制せられて平生へいぜい疑念ぎねん憤怒ふんどを外形に発することあたわず、或は忘るるがごとくにしてこれを発することを知らざりしのみ。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「覚えていやがれ!」と瀬川も憤怒ふんどして、捨台詞すてぜりふを残して置いて去った。
併し間もなくまた憎悪、憤怒ふんど、絶望がむらむらとき上がつて来る。
かあいそうに老人は、憤怒ふんどと恐怖とで呼吸いきをつまらした。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
波越氏はやや憤怒ふんどの色を現わして、独語ひとりごとのように囁いた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とモコウは白い歯をむきたてて憤怒ふんどした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
憤怒ふんどして、会議の壇に戻り、潘隠の密報を諸大臣や、並いる文武官に公然とぶちまけて発表した。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の憤怒ふんど悲痛を察して、その馬前馬後をかこんで行く——直江大和守、長尾遠江守ながおとおとうみのかみ、鮎川摂津せっつ、村上義清、高梨たかなし政頼、柿崎和泉守いずみのかみなどの諸将も、いまは何も激声を発しなかった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三、四人が磔柱はりつけばしらを蹴倒した。憤怒ふんど、地だんだ、いうまでもない。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)