彼方むかう)” の例文
開放あけはなした次の間では、静子が茶棚から葉鉄ブリキの罐を取出して、麦煎餅か何か盆に盛つてゐたが、それを持つて彼方むかうへ行かうとする。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「なんだよつて、へ、へ、へ。そこな、酸模すかんぽ蚊帳釣草かやつりさう彼方むかうに、きれいなはなが、へ、へ、はなが、うつむいて、くさつまんでなさるだ。」
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『あなたは何處にゐらしやるのですか?』といふ言葉は山の彼方むかうから云はれたやうに思はれた。何故つて、丘を傳つて來た木靈がその言葉を繰り返したのだから。
甲田は煙管きせるの掃除をし乍ら、生徒控所の彼方むかうの一學年の教室から聞えて來るオルガンの音を聞いて居た。
葉書 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
で、その引掴ひつつかんで、シイトをやゝとほくまで、外套ぐわいたう彼方むかうげた。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
甲田は煙管の掃除をし乍ら、生徒控所の彼方むかうの一学年の教室から聞えて来るオルガンの音を聞いて居た。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
黒柿の長火鉢の彼方むかうに、二寸も厚い座蒲団に坐つた奥様の年は二十五六、口が少しへの字になつて鼻先が下に曲つてるけれども、お定には唯立派な奥様に見えた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
燃ゆる様な好摩かうまが原の夏草の中を、驀地ましぐらに走つた二条の鉄軌レールは、車の軋つた痕に烈しく日光を反射して、それに疲れた眼が、はる彼方むかうに快い蔭をつくつた、白樺の木立の中に
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
自分の枕辺まくらもと洋燈らんぷが消えてゐて、源助の高いいびきが、怎やら畳三畳許り彼方むかうに聞えてゐた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
渠は自暴糞やけくそに足を下駄に突懸けたが、下駄は翻筋斗もんどりを打つて三尺許り彼方むかうに転んだ。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
札幌より彼方むかうは自分の未だかつて足を入れた事のない所である。白石厚別あつべつを過ぎて次は野幌のつぽろ。睡眠不足で何かしら疲労を覚えて居る身は、名物の煉瓦餅を買ふ気にもなれぬ。江別も過ぎた。
雪中行:小樽より釧路まで (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
知らぬけもの邂逅でつくわした山羊の樣な眼をして、女は卓子テーブル彼方むかうに立つた! 然しアノ眼に、俺を厭がる色がちつとも見えなかつた。然うだ、吃驚びつくりしたのだ。唯吃驚びつくりしたのだ。尤も俺も惡かつた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
知らぬ獣に邂逅でつくはした山羊の様な眼をして、女は卓子の彼方むかうに立つた! 然しアノ眼に、俺を厭がる色がちつとも見えなかつた。然うだ、吃驚びつくりしたのだ。唯吃驚したのだ。尤も俺も悪かつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼方むかうの室からは子供らの笑声に交つて、富江のはしやいだ声が響いた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
源助は、長火鉢の彼方むかうへドツカと胡坐あぐらをかいて
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)