帷帳とばり)” の例文
部屋のあらゆる部分に懸っている立派な帷帳とばりは、その源の見出さるべくもない、低い、憂鬱な音楽の顫音せんおんにつれて震えていた。
それからその仏壇の奥の赤い金襴きんらん帷帳とばりを引き開いてみると、茶褐色に古ぼけた人間の頭蓋骨が一個ひとつ出て来たので皆……ワア……と云って後退あとしざりした。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
芯をまない蝋燭が仕事をしてゐる内に光が弱り、ものゝ影が私の周りにある刺繍ぬひをした古い帷帳とばりの上に薄暗くうつり、廣い古風な寢臺ベッドの掛布の裾の方は黒く
帷帳とばりを周らした中は、ほの暗かつた。其でも、山の鬼神もの、野の魍魎ものを避ける為の燈の渦が、ぼうと梁に張り渡した頂板つしいたに揺らめいて居るのが頼もしい気を深めた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
静かに来り触れて、我が呼吸をうながす、目を放てば高輪三田の高台より芝山内しばさんないの森に至るまで、見ゆる限りは白妙しらたへ帷帳とばりもとに、混然こんぜんとして夢尚ほまどかなるものの如し
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
実際ヴォルテーアのうたったように、神の声と共に渾沌こんとんは消え、やみの中に隠れた自然の奥底はその帷帳とばりを開かれて、玲瓏れいろうたる天界が目前に現われたようなものであったろう。
科学者と芸術家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
僞善の帷帳とばり、裂けし響か、雁かねの
帷帳とばりめぐらした中は、ほの暗かった。其でも、山の鬼神もの、野の魍魎ものを避ける為の灯の渦が、ぼうとはりに張り渡した頂板つしいたに揺めいて居るのが、たのもしい気を深めた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
こればかりは本式らしい金モールと緋房ひぶさを飾った紫緞子むらさきどんすの寝台が置いてあって、女王様のお寝間ねまじみた黄絹きぎぬ帷帳とばりが、やはり金モールと緋房ずくめの四角い天蓋てんがいから
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
行手の連峯は雨雲の底面で悉くその頂を切り取られて、山々はたゞ一面に藍灰色の帷帳とばりを垂れたやうに見えてゐる。その幕の一部を左右に引きしぼつたやうに梓川の谿谷が口を開いてゐる。
雨の上高地 (新字旧仮名) / 寺田寅彦(著)
だが——瞬間眶の間からうつつた細い白い指、まるで骨のやうな——帷帳とばりを掴んだ片手の白く光る指。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
藤六が居た時のままになっている粗末な仏壇の前に坐って、赤い金襴きんらん帷帳とばりの中から覗いている茶褐色の頭蓋骨を仰ぎながら、何かしら訳のわからぬ事をブツブツと唱え初めた。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
松本から島々しましままでの電車でも時々降るかと思うとまたれたりしていた。行手の連峰は雨雲の底面でことごとくその頂を切り取られて、山々はただ一面に藍灰色らんかいしょく帷帳とばりを垂れたように見えている。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
帷帳とばりは元のまゝに垂れて居る。だが、白玉の指は、細々と其に絡んでゐるやうな気がする。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)