むくろ)” の例文
する尼様と、あなたにとっては敵の子と、そして冷たい許婚のむくろばかり……あなたの希望のぞみはこれこのように消えてしまったのでござりますぞ
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして朝は、雪のつもつたいしだたみの上に冷めたいむくろをさらすにしても。女に会ひたい思ひよりも、女を探す決意の方が、遥かに激しくなるのであつた。
やがてほのかにしらもうとする寒天のもとに、お艶をはじめ一同は、変わり果てた伊兵衛のむくろを路上にかこんで声もなく、なすところを知らなかった——。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その日の朝、この金内のむくろが、入海の岸ちかくに漂っていたという。頭には海草が一ぱいへばりついて、かの金内が見たという人魚の姿に似ていたという。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
が、戦の現場へ出て、実際に勇士と勇士とが組み討ちをする光景を見られないとすれば、せめて名ある勇士のむくろだけでも、首級だけでも、見たいのであった。
おれは、——所々うろこげた金魚は、やがてはこの冷たい水の上に、むくろさらす事になるのかも知れない。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「母へ孝養を努めようとして、かえって大不孝の子となってしまった。死ぬる身は惜しくもないが、老母の余生を悲しませ、不孝のむくろを野にさらすのは悲しいことだ」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前野、杉田の両先生、その以前では山脇東洋が、人体の内臓に刀を入れたじゃが、どちらも構造を見識するにとどまり、のみならず扱われたは、どちらも絶死ぜっしむくろであった。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
実際鳰鳥はその晩に花村甚五衛門の刃にかかりむくろさらさなければならなかった。「お前はここで死なねばならぬ」と甚五衛門はこう云って、すでに白刃を抜きさえした。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
(いかに、防いでも、あすともなれば、落城は必至。遠い、金沢表の援軍も、まず、間にあわぬときまっている。——この首をひろわれて、むくろを、焼け跡にさらすよりは)
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この死んだむくろを、六十歳まで支え持ってやって、大作家というものをお目にかけて上げようと思っている。その死骸が書いた文章の、秘密を究明しようたって、それは無駄だ。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
出かける前に茹で上げておいたむくろの一つ——多分お滝の——から頬の肉が失くなっていた。
ところが、世間の思惑と葬式の資金に困った平兵衛は、気も顛倒していたものとみえて、普段あれほど恐れおののいていたこの水無みなし井戸へ、おりんのむくろを投げ込もうと決心したのである。