子刻ねのこく)” の例文
夏の夜も漸く更けた、子刻ねのこく(十二時)少し過ぎ、向柳原の八五郎の家の表戸を、メチヤメチヤに叩く者があるのです。
引請しにより彼是月に二兩位に成りしとぞ或夜まはりの節霜月しもつきすゑの事にて寒氣烈敷はげしく雪は霏々ちら/\と降出しゝ中を石町の鐘ととも子刻ねのこくの拍子木を打乍ら小路々々こうぢ/\
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もう子刻ねのこくは過ぎている。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
向柳原の路地の入口に、三輪の萬七がその戰鬪的な四角な顏を現はしたのは、やがて子刻ねのこく近い刻限でした。
宿やどしたれど人に知らせず婆がもと呼取よびとりしも太守樣の若君樣が御胤おたねなればひそかに御男子が御出生あれと朝夕あさゆふ神佛かみほとけいの甲斐かひにや安産せしは前にも云へる如く御身と年月刻限こくげんまで同じ寶永二年の三月十五日よる子刻ねのこくなりき取揚とりあげみれば玉の如き男子なれば娘やばゝがよろこびは天へものぼる心地なりしが悦ぶ甲斐もあらなさけなや御誕生ごたんじやうの若君は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「來ましたよ。子刻ねのこく(十二時)少し前でしたか知ら」
出し公儀にても御詮議ごせんぎありし處更に請取うけとる人の出ることもなく一年ほどて後番人九助儀町役人共差添さしそへ町奉行所へまかり出べき旨差紙さしがみに付家主五人ぐみ名主同道にてまかり出けるは舊冬きうたう九助がひろひし金八十兩のこらず下し置れしにより九助始め町役人一同有難く頂戴ちやうだいして歸りことに九助はゆめかとばかり打悦うちよろこび居たりし處其夜子刻ねのこく頃廿四五の男番屋ばんや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
子刻ねのこく(十二時)近いと思ひました」