くわ)” の例文
今まで茶店の婆さんとさる面白い話をしていて、何の気もつかずに、ついそのままの顔を往来へ向けた時に、ふと自分の面相にくわしたものと見える。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
煙管きせるくわえて人の顔を見ている売卜者ばいぼくしゃやらが、通りすぎる秋蘭の顔を振り返って眺めていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それで見ると三十五六にみえる背高い男が一人、口にタオルをくわえふらふらと通りかかっていた。彼はこちらで手を振りながら叫ぶのに気が付くや、よろめきながら駆けて来た。
親方コブセ (新字新仮名) / 金史良(著)
暫くそこに休んでそれからだんだん下へ急な坂を降って行きました。三里にしてパーチェという駅に着いて泊りましたが、どういう加減か自分の足はくつくわれて余程いたみを感じたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そんなつひとおり分疏いいわけを聞くあたいだとお思ひか、帰るならお帰りと心強くいなせしに、一座では口もろくにかぬあのくわせもののおとくめ、みちで待ち受けてきしを今朝聞いたやしさ
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
よし来たとその綱を引張る。所が握飯にぎりめしくわせる、酒を飲ませる。如何どうこたえられぬ面白い話だ。散々酒を飲み握飯をくって八時頃にもなりましたろう。れから一同塾にかえった。所がマダ焼けて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「天狗がさらわない代り、良い年増が自分の巣へくわえ込むよ」
勿論もちろん Manner も気にくわんサ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
主人は甲谷に会釈しながら横になると、お柳の与えた煙管きせるくわえて眼を細めた。彼の唇が魚のように動き出すと、阿片がじーじー鳴り始めた。お柳は甲谷の方を振り返っていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼はスイッチをひねるとタオルをくわえて眼をじた。身体が刻々に熱くなった。もしこのまま死ねたらとそう思うと、競子の顔が浮んで来た。債鬼の周章あわてた顔がちらついた。惨忍な専務の顔が。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)