加古かこ)” の例文
愛宕あたご』『高尾たかお』『摩耶まや』『鳥海ちょうかい』『那智なち』級四隻もいる。『加古かこ』もいる。『青葉あおば』もいる。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
加古かこ古鷹ふるたか青葉あおば衣笠きぬがさの艦列から千メートル手前に、真白な、見上げるように背の高い水煙が、さーッと、奔騰ほんとうした。どれもこれも、一定の間隔を保って、見事に整列していた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たとえば加古かこ郡の野口の投げ石なども、土地の人はまた寸倍石と申しました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
播磨はりまくに加古かこ宿しゅくに、丈部左門はせべさもんという学者がいた。清貧にあまんじて、日夜親しむ書物のほかは、身のまわりの諸道具類などわずらわしいといって、万事簡素に暮らしていた。年老いた母があった。
印南野いなびぬも ぎがてにおもへれば、こゝろこほしき加古かこしま
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
日本艦隊の加古かこ古鷹ふるたか衣笠きぬがさ以下の七千トン巡洋艦隊は、その快速を利用し、那智なち羽黒はぐろ足柄あしがら高雄たかお以下の一万噸巡洋艦隊と、並行の単縦陣型たんじゅうじんけいを作って、刻々こくこくに敵艦隊の右側うそくねらって突き進んだ。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
播磨はりまの国加古かこうまや丈部はせべもんといふ博士はかせあり。清貧せいひんあまなひて、友とするふみの外は、すべて調度の絮煩わづらはしきいとふ。老母あり。孟氏まうしみさをにゆづらず。常に紡績うみつむぎを事として左門がこころざしを助く。
加古川かこかはくちの、加古かこしまえてゐるといふ意味いみです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)