人別にんべつ)” の例文
村方の関係としては、当時の戸籍とも言うべき宗門人別にんべつから、検地、年貢、送籍、縁組、離縁、訴訟の手続きまでを記しつけたもの。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「しかし文華堂へ勤めるとなると」と木内は湯呑茶碗で焼酎を啜りながら云った、「人別にんべつだけははっきりしなくちゃあならねえからな」
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
前金の受け取りを取っても相手は山猿同様……まるで治外法権のような山村のことで、当の相手が人別にんべつにもないような男である。
だしぬけに押し掛けて来て、よその家の人別にんべつを調べるから、お前さんにも変な顔をされるのだ。実はわたしはお上の御用を
「浪士組」が関東から上洛してきたとき、松平肥後守の手文庫のなかには、べつに藤本鉄石以下の「京都方浪士人別にんべつ」というのが秘められていた。
新撰組 (新字新仮名) / 服部之総(著)
「これが表沙汰になれば、万兩息子の半次郎は、相對死あひたいじにの片割れで、日本橋の袂に三日晒された上、非人頭の手に引取られ、人別にんべつを拔かれることになります」
ねえ、この淋しさったら、お話しじゃないじゃないの。橋が落ちて、渡船わたしが出来てからは、なんだか、人別にんべつ
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
もし、それが事実なら、人別にんべつのはっきりしている日本人町に住みつくわけはない。呂宋にいるとしても、名を変えて、人知れぬ里で暮しているのにちがいない。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
だいたい、胆吹王国に身を寄せる人種は右のような人別にんべつになりますけれども、右の人別のいずれへも入らない存在を、炯眼けいがんなる青嵐居士が早くも見て取りました。
おむら お前さんも半次郎を、探しておいでなさいましたか、半次郎は勘当して、人別にんべつからもねのけた不孝な奴、私共へは一向に寄り付きません。ご用でしたら他を探してくださいまし。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「黙れッ! 人別にんべつを訊きおるのではない!」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「おらあ勘当されたんだ」三之助は眼をつむった、「十五の年に勘当されて、人別にんべつもぬかれたんだ、おれにゃあきょうだいなんかありやしねえ」
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
十六歳から六十歳までの人別にんべつ名前をしたため、病人不具者はその旨を記入し、大工、そま木挽こびき等の職業までも記入して至急福島へ差し出せと触れ回した。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「何だい、また人別にんべつが変って来たな、今は駒井能登の戸籍しらべだが、今度は小栗上野と変って来た!」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人名録も出来上がって、ずらり宿所氏名の人別にんべつが立派に乗っている以上、これほど確かなことはない。
ここで判り易いように彼らの人別にんべつ帳をしるせば、主人の男は京橋木挽町こびきちょう五丁目の小泉という菓子屋の当主で、名は四郎兵衛、二十六歳。女はその母のお杉、四十四歳。
恨みの蠑螺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あれは身持が悪いから、末始終すえしじゅう親の頸に縄をつけ兼ねない奴だとおっしゃって、七年前に久離切って人別にんべつまで抜きました。隣に住んでいても口を利いたこともございません。
「いちおうお係りと相談してみるが」と中島が云った、「とにかく人別にんべつをきちんとしておいてくれ、いいとなったらお手当のさがるようにはからってみよう」
ちいさこべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やむなく宿内から人別にんべつによって狩り集め、女馬まで残らず狩り集めても、継立つぎたてに応じなければならない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「おや——あの奥方は名古屋にいらっしゃらない? でも、御良人も、お屋敷も、変りはないのに、江戸への御出府や、一時の道中は、人別にんべつの数には入りませんよ」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ドサクサ紛れに、文五郎は逃げましたが、滝三郎は小永井家から人別にんべつを抜かれたままになっていたので、縄を打って、その場から引っ立てました。あとはもう話はありません。
なにしろ、人皇にんのう第六十代醍醐だいご天皇様の御世みよの出来事だから、人別にんべつのところに少しの狂いはあるかも知れないけれども、どっちにしても綺麗な女の方に間違いはない。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人別にんべつを抜くことは抜いてもらったけれど、あの幸助という人でさえ捜し当てたくらいだし、うちの人がその気になれば、猿屋町のうちをつきとめるのはぞうさもないことだろう
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
下男友吉人別にんべつを調べるまでもなく、相州足柄あしがら山で熊の子と角力を取つて育つたやうな男、まだ二十六の若い感じで、鹽原多助のやうな心持で江戸へ出て來たのを、兩國でポン引きにしてやられ
眼もあいている、口もあいているが、その眼はいたずらにポカリと開いていて、その口はダラリと舌を吐いたままのものです。これはあまり苦労なく人別にんべつがわかりました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だって人別にんべつは付いてまわるでしょ、それに仕事のほうはどうなるの。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「さては、何時の間にやら、俺は江戸っ児の人別にんべつを抜かれたかな」
「ばかにしちゃあいけねえ、お前さんこそ、あの男が百姓だと頑張りなさるんなら、人別にんべつを言ってごらんなさい、どこの何というお百姓さんだか、それを言ってごらんなさい」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「おらあ手品使いじゃあねえから、じじいの人別にんべつまでは知らねえ」
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と道庵は、古事記や、日本書紀をひっぱり出して、浦島の人別にんべつを論じて、どうしても、あの時代に浦島太郎が、木曾の山中に来て釣をするなんていうことはない、と断定しました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)