一幹ひともと)” の例文
お銀様は月に乗じて、この平野の間を限りなく歩み歩んで行くと、野原の中に、一幹ひともとの花の木があって、白い花をつけて馥郁ふくいくたる香りを放っている。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
水底みなぞこ水漬みづく白玉となつた郎女の身は、やがて又一幹ひともとの白い珊瑚のである。脚を根とし、手を枝とした水底の木。頭に生ひ靡くのは、もう髪ではなく、藻であつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
ところで、わたしたちのまち中央まんなかはさんで、大銀杏おほいてふ一樹ひときと、それから、ぽぷらの大木たいぼく一幹ひともとある。ところたけも、えだのかこみもおなじくらゐで、はじめはつゐ銀杏いてふかとおもつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
門口にかぶさりかかつた一幹ひともとの松の枝ぶりからでも、それが今日でこそいたづらに硬く太く長い針の葉をぎつしりと身に着けて居ながらも、曾ては人の手が、ねんごろにその枝をいたはり葉を揃へ
お豊はちょっと当惑したが、すぐに気のついたのは、弁財天の祠の土台のところから根を張って、ほとんど樹身の三分の二を水の方へさし出した一幹ひともとの柳でありました。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
水底みなぞこ水漬みづく白玉なる郎女の身は、やがて又、一幹ひともとの白い珊瑚さんごの樹である。脚を根、手を枝とした水底の木。頭に生いなびくのは、玉藻であった。玉藻が、深海のうねりのままに、揺れて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
七兵衛は池尻の松の大樹の林の中を鍬を提げて歩いて行き、一幹ひともとの木ぶり面白い老樹の下に立って、いきなり鍬を芝生の上へ投げ出すと、その松の根方に腰をおろしました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
米友が「あっ!」と舌を捲いたのは、存外平凡な光景なので、この堀の湾入の行きどまるところに、ふり、形の面白い一幹ひともとの松があって、その下に人間が一人いたからです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
左手にはそそり立つ大杉一幹ひともと、その下に愛宕あたごの社、続いて宮司のかまえ。竜之助はそのいずれへも行かず、正面から鳥居をくぐって杉の大木の下の石段を踏む。引返したとていくらの道でもあるまいものを。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)