恍惚うつとり)” の例文
鼻筋はなすぢ象牙彫ざうげぼりのやうにつんとしたのがなんへば強過つよすぎる……かはりには恍惚うつとりと、なに物思ものおもてい仰向あをむいた、細面ほそおも引緊ひきしまつて
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
懶怠なまけた身の起伏おきふしに何といふこともなく眺めやる昼の男の心持、また逃げてゆく「時」のうしろでをも恍惚うつとりと空に凝視みつむる心持……
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わたしの中のわたしが、しばし恍惚うつとりとじぶんを置きわすれて、往つてしまふ。まづ、それをとり戻さなければならん。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
正助爺さんはこの門を通つて、お城の中へ参りましたが、その美しいのに恍惚うつとりとして、あやうく竜の駒から落ちようとしたことが幾度あつたか知れません。
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
『嗅んで見さいな、これ。』と云つて自分で嗅いで居たが、小さい鼻がぴこづいて、目が恍惚うつとりと細くなる。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
與吉よきちさいはひにぐつたりとつておふくろふところからはなれるのもらないのでおつぎがちひさないた。おしな段々だん/\身體からだあたゝまるにれてはじめて蘇生いきかへつたやうに恍惚うつとりとした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かうした思ひがけない、深い、恍惚うつとりした心持の中で全く彼の方へ引きつけられると、二十歳の娘の感覺は或る物を呼び醒ました。けれど最初に動いたのは彼女の心臟であつた。
元来いつたい荒尾が鍋小路どのをれて来たのは自分の理想の女神を見せびらかすつもりであつたのが、行平どの忽ち恍惚うつとりとして天にあらば比翼の鳥、地にあらば連理の枝と歌ひたくなつた。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
をんな暫時しばし恍惚うつとりとしてそのすゝけたる天井てんじやう見上みあげしが、孤燈ことうかげうすひかりとほげて、おぼろなるむねにてりかへすやうなるもうらさびしく、四隣あたりものおとえたるに霜夜しもよいぬ長吠とほぼえすごく
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
トツクやマツグも恍惚うつとりとしてゐたことは或は僕よりも勝つてゐたでせう。
河童 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こんな事を良人が云つたので、自分も今頃若し巴里に居たら戦争の事なんか忘れて、リユクサンブルの美術館でロダン翁の作の「鼻の欠けた人」の首でも恍惚うつとりと眺めて居るかも知れないと思つた。
台風 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
お寒さうなが勿体ない。せめて私もこの寒風かぜにと、恍惚うつとりそこに佇みぬ。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
紳士は其儘そのまゝかきいだきて、其の白きものほどこせる額を恍惚うつとりながめつ「どうぢや、浜子、嬉しいかナ」と言ふ顔、少女はこびたゝへしに見上げつゝ「御前ごぜん、奥様に御睨おにらまれ申すのがこはくてなりませんの」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
烈しい木枯こがらしやさしい微風、荒れた日やなごやかな日、日の出や落日のとき、月の光や雲の夜は、この地方に於て彼等と同じ魅力を私に次第に募らせた——そして彼等を恍惚うつとりさせてゐるその同じ咒文は
そんな事を思合せると、流石さすがに實利主義な世の中には呆れ返つたと云つて居るです。今時の日本の女には八百屋お七見たやうに男の容貌きりやう恍惚うつとりして身をあやまつやうな優しい情愛と云ふものは微塵もない。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
つい、ぼんやりと、恍惚うつとりしてしまふところを
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
いやうへに、淺葱あさぎえり引合ひきあはせて、恍惚うつとりつて、すだれけて、キレーすゐのタラ/\とひかきみかほなかれると、南無三なむさん
麦搗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
カラカラチーン、チーン、チーン、チーン……気まぐれな隣の自鳴鐘とけいがもう夜の十時をつ、夕日がくわつと壁から鏡に照り反す。鶏頭が恍惚うつとりと息をつく、風が光る。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
恍惚うつとりとなるしづけさ。——聖母像マドンナはゐない。架上の基督クリストだけが、弱々しげに咳き込む。⦅けふは、あなた、クリスマス・イヴなんですよ⦆紅茶のスプンの「ちん」と鳴る音。——
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
毎朝御飯前と午後ひるすぎ、学校からお帰りになるときつ練習おさらひなさるが、俺達のやうな解らないものが聞いてさへ面白いから、何時でも其時刻を計つて西洋間の窓の下に恍惚うつとりと聞惚れてゐる。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
としめやかに朱唇しゆしんうごく、とはなさゝやくやうなのに、恍惚うつとりしてわれわすれる雪枝ゆきえより、飛騨ひだくに住人じゆうにんつてのほか畏縮ゐしゆくおよんで
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それから暫時しばらくつて、殆素つ裸の俄作りの戯奴ヂヤウカアは外の出窓に両脚を恍惚うつとりと投げ出して居た。而して今霊岸島の屋根瓦の波の上にくるくると落ちかかる真赤な太陽の光をぢつと眺めて居る。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
としはじめて三歳さんさい國君こくくんいろきこし、すなは御殿ごてんにおむかあそばし、たなごころゑられしが、たちま恍惚うつとりとなりたまふ。
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大河に恍惚うつとりとゆく帆船、短艇ボウト、煙、水面
緑の種子 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ゆきなす鸚鵡あうむは、る/\全身ぜんしんうつくしいそまつたが、ねむるばかり恍惚うつとりつて、ほがらかにうたつたのである。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
恍惚うつとり
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
婦人をんな何時いつかもうこめしらてゝ、衣紋えもんみだれた、はしもほのゆる、ふくらかなむねらしてつた、はなたかくちむすんで恍惚うつとりうへいていたゞきあふいだが
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
恍惚うつとりとものおもはしげなかほをしてをなよ/\とわすれたやうに、しづかに、絲車いとぐるま𢌞まはしてました。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
年紀としわかい、十三四か、それとも五六、七八か、めじりべにれたらしいまで極彩色ごくさいしき化粧けしやうしたが、はげしくつかれたとえて、恍惚うつとりとしてほゝ蒼味あをみがさして、透通すきとほるほどいろしろい。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すでひざつて、かじいて小兒こどもは、それなり、薄青うすあをえりけて、眞白まつしろむねなかへ、ほゝくち揉込もみこむと、恍惚うつとりつて、一度いちど、ひよいと母親はゝおやはらうち安置あんちされをはんぬで
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山家やまがものには肖合にあはぬ、みやこにもまれ器量きりやうはいふにおよばぬが弱々よわ/\しさうな風采ふうぢや、せなかながうちにもはツ/\と内証ないしよう呼吸いきがはづむから、ことはらう/\とおもひながら、れい恍惚うつとり
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
せいもすら/\ときふたかくなつたやうにえた、婦人をんなゑ、くちむすび、まゆひらいて恍惚うつとりとなつた有様ありさま愛嬌あいけう嬌態しなも、世話せわらしい打解うちとけたふうとみせて、しんか、かとおもはれる。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あたりは眞暗まつくらところに、むしよりもちひさ身體からだで、この大木たいぼくあたか注連繩しめなはしたあたりにのこぎりつきさしてるのに心着こゝろづいて、恍惚うつとりとしてみはつたが、とほくなるやうだから、のこぎりかうとすると
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
分間ふんかん停車ていしやいて、昇降口しようかうぐちを、たうげ棧橋かけはしのやうな、くもちかい、夕月ゆふづきのしら/″\とあるプラツトフオームへりた一人旅ひとりたび旅客りよきやくが、恍惚うつとりとしたかほをしてたづねたとき立會たちあはせた驛員えきゐんは、……こたへた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
民也たみやこゝろいけへ、遙々はる/″\つて恍惚うつとりしながら
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)