“𢌞”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
まは50.8%
めぐ26.2%
まわ4.6%
めぐら4.6%
マハ3.1%
もとほ1.5%
み1.5%
かへ1.5%
ま1.5%
まはし1.5%
まわり1.5%
モトホ1.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
母親のお豊(とよ)は長吉(ちやうきち)が初袷(はつあはせ)の薄着(うすぎ)をしたまゝ、千束町(せんぞくまち)近辺(きんぺん)の出水(でみづ)の混雑を見にと夕方(ゆふがた)から夜おそくまで、泥水(どろみづ)の中を歩き𢌞(まは)つた為(た)めに
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
道に沿ふて高い石垣を築(きづ)き、其の上へ城のやうに白壁の塀を𢌞(めぐ)らした家もあつた。邸風(やしきふう)の忍返(しのびがへ)しが棘々(とげ/\)と長屋門(ながやもん)の横に突き出てゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
くねくねした九十九折(つづらおり)をあちらへ繞(めぐ)り、こちらへ𢌞(まわ)っている中(うち)に、何所(どこ)ともなくすざまじい水音(みずおと)が響(ひび)いてまいりました。
何卒御返濟いたし度、色々手段を𢌞(めぐら)し候得共、頓と御返辨(べん)之道も不二相付一候而已(のみ)ならず、利息さへも纔(わづか)一年位(ぐらゐ)差上候而已(のみ)にて、何とも無二申譯(わけ)一仕合に御座候。
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
世間の氏上家(ウヂノカミケ)の主人(アルジ)は、大方もう、石城(シキ)など築(キヅ)き𢌞(マハ)して、大門小門を繋ぐと謂つた要害と、裝飾とに、興味を失ひかけて居るのに、何とした自分だ。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
そこより入り幸(い)でまして、走水(はしりみづ)の海八を渡ります時に、その渡の神、浪を興(た)てて、御船を𢌞(もとほ)して、え進み渡りまさざりき。
この時にその后姙(はら)みましき。ここに天皇、その后の、懷姙みませるに忍へず、また愛重(めぐ)みたまへることも、三年になりにければ、その軍を𢌞(かへ)して急(すむや)けくも攻めたまはざりき。
座敷の三方(ぱう)は硝子障子(がらすしやうじ)で、廊下がグルリと𢌞(ま)はり縁(えん)のやうになつてゐた。障子の外へ出て見ると、中二階風(ちうにかいふう)に高く作られて、直ぐ下が稻田であると分つた。星明りにも見晴らしの佳(よ)いことが知られた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
畏れ、アカイア軍勢の*塔を見𢌞(まはし)し、將軍の
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
怖ろしい峠を越し、此の沼田という所へまいり、宿を取って捜して見たが知れませんで居たが、今日不図御城下𢌞(まわり)で見掛ける女は娘に肖(に)ているから、跡を附けて来て見ると、此方(こちら)の家(うち)へ這入ったから
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
このみ酒(キ)は、わがみ酒(キ)ならず。酒(クシ)の神、常世にいます、石(イハ)立たす少名御神の、神壽(カムホ)ぎ壽(ホ)ぎ狂ほし、豐壽(トヨホ)ぎ壽ぎ𢌞(モトホ)し、獻(マツ)り來しみ酒(キ)ぞ。涸(アサ)ず飮(ヲ)せ。ささ(仲哀記)