鵯越ひよどりごえ)” の例文
「右手はがけ——こいつは鵯越ひよどりごえだ。越して越せないことはあるまいが、やぶがひどいから犬が潜っても大きな音がする。まず夜中に忍び込む工夫はないな」
ここにおいてかせっかく降りようとくわだてた者が変化して落ちる事になる。この通り鵯越ひよどりごえはむずかしい。猫のうちでこの芸が出来る者は恐らく吾輩のみであろう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何をいかるやいかの——にわかげきする数千突如とつじょとして山くずれ落つ鵯越ひよどりごえ逆落さかおとし、四絃しげんはし撥音ばちおと急雨きゅううの如く、あっと思う間もなく身は悲壮ひそう渦中かちゅうきこまれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一方、大将軍九郎御曹司義経は、七日の明方、三千余騎で鵯越ひよどりごえにのぼり、人馬を休ませていたが、その騒ぎに驚いたか、牡鹿おじか二匹、牝鹿めじか一匹が平家の城の一の谷へ逃げ下りた。
虹の目玉だ、やあ、八千年生延いきのびろ、と逆落さかおとしのひさしはづれ、鵯越ひよどりごえつたがよ、生命いのちがけの仕事と思へ。とびなら油揚あぶらげさらはうが、人間の手に持つたまゝを引手繰ひったぐる段は、お互に得手えてでない。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
銭形平次と八五郎を真っ先に、多勢の者が鵯越ひよどりごえの逆落しほどの勢いで、一団となって五重の塔の外へ出た時は、あたりはもう雀色にたそがれておりました。
「鷲尾の三郎案内致せ。鵯越ひよどりごえの逆落しと遣れ。裏階子うらばしごから便所だ、便所だ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが間違ってる。君等は義経が鵯越ひよどりごえとしたことだけを心得て、義経でさえ下を向いて下りるのだから猫なんぞは無論た向きでたくさんだと思うのだろう。そう軽蔑けいべつするものではない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この山の手とは一の谷の後の鵯越ひよどりごえふもとを指すのである。
虹の目玉だ、やあ、八千年生延びろ、と逆落さかおとしのひさしのはずれ、鵯越ひよどりごえを遣ったがよ、生命いのちがけの仕事と思え。とびなら油揚あぶらあげさらおうが、人間の手に持ったままを引手繰ひったぐる段は、お互に得手でない。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)