頸窩ぼんのくぼ)” の例文
陽子は少年らしい色白な頸窩ぼんのくぼや、根気よい指先を見下しながら、内心の思いに捕われていた。その朝彼女の実家から手紙を貰った。
明るい海浜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
幅の狭い茶色の帯をちょっきりむすびにむすんで、なけなしの髪を頸窩ぼんのくぼへ片づけてその心棒しんぼうに鉛色のかんざしを刺している。そうして襷掛たすきがけであった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春挙氏は石を集め出したのは、やつとこなひだなのに、もうそんなに噂が高まつたのかと、頸窩ぼんのくぼへ手をやつて、満足さうに声を立てて笑つた。
お種はおけの縁へ頸窩ぼんのくぼのところを押付けて、しなびた乳房を温めながら、一時いっとき死んだように成っていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういう病的な傾向は、強い懸念けねん事があるごとにくり返された。やがては、激しい頭痛が起こって、あるいは頸窩ぼんのくぼや頭の両側がぴんぴん痛み、あるいは鉛のかぶとをかぶったような気持になった。
男子は皆その頭の頂上を四角形に剃り開き、この四角形の前方の兩隅から蟀谷こめかみまで、頭の兩側を剃り下げる。頭の後部も同樣頸窩ぼんのくぼまで剃り下げる。前頭には一束の髮を殘して、その餘は剃り捨てる。
支那人弁髪の歴史 (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)
先づ誰が見ても世慣れた記者の筆だ。書いて了ふと、片膝を兩手で抱いて、頸窩ぼんのくぼを椅子の脊に載せて、處々から電燈の索の吊り下つた、煙草の煙りで煤びた天井を何處といふことなしに眺めてゐる。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
孔雀はちょっと、白い頸窩ぼんのくぼを見せたが
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
茶の湯の大宗匠はそのなかに浸り、のんびりした気持になって頭のてっぺんや、頸窩ぼんのくぼにへばりついた土を洗い落した。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
思うまま春風にさらして、ねばり着いた黒髪の、さかに飛ばぬをうらむごとくに、手巾ハンケチを片手に握って、額とも云わず、顔とも云わず、頸窩ぼんのくぼの尽くるあたりまで、くちゃくちゃにき廻した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しまひにはあの『ざまあ見やがれ』の一言を思出すと、慄然ぞつとするつめた震動みぶるひ頸窩ぼんのくぼから背骨の髄へかけて流れ下るやうに感ぜられる。今は他事ひとごととも思はれない。あゝ、丁度それは自分の運命だ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それを聞くと、三宅博士はつまつたやうに黙つて大西氏の席を見た。そして検見けんみでもするやうに自分の頭を頸窩ぼんのくぼから前額まへびたひへかけてつるりと撫で下してみた。
次ぎにはまた頸窩ぼんのくぼを押へたりした。そして卓子テーブル両臂りやうひぢをついて、じつと頭を抱へて、暫く考へ込んでゐたが、やつとの事で次のやうな検察書をかいてくれた。
「すると俺かな。御心に叶はざる者つていふのは。」憲法学者は額にあててゐた掌面てのひら頸窩ぼんのくぼを押へた。
博士は霰酒と奈良潰とを一緒くたに鵜呑にしたやうに、耳も鼻も頸窩ぼんのくぼも真赤になつた。
と坊さんは感心したやうに頸窩ぼんのくぼへ手をやつた。
番頭はさも困つたらしく頸窩ぼんのくぼを抱へた。