阿爺おやぢ)” の例文
風間敬之進けいのしんは、時世の為に置去にされた、老朽な小学教員の一人。丑松や銀之助などの若手に比べると、阿爺おやぢにしてもよい程の年頃である。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
中禅寺では夏のうちは鱒は釣れない事になつてゐるのを、この阿爺おやぢさんはいとを垂れるが早いか、十五六ぴきの鱒を釣りあげたので、土地ところの漁師を吃驚びつくりさせてしまつた。
坂井さかゐ道具屋だうぐや素性すじやうつてゐた。出入でいり八百屋やほや阿爺おやぢはなしによると、坂井さかゐいへ舊幕きうばくころなんとかのかみ名乘なのつたもので、この界隈かいわいでは一番いちばんふる門閥家もんばつかなのださうである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
斯ういふ阿爺おやぢが——まあ、鋼鉄のやうに強いとも言ひたい阿爺が、病気の前触まへぶれも無くて、突然死去したと言つてよこしたとは。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
米国の飛行家パタアソン氏の郵便飛行用飛行機の製作者ゴウハム氏の阿爺おやぢさんは、米国でも指折りの釣りの名人ださうで、日本へ来る早々日光の中禅寺湖へ鱒釣に出かけて往つた。
末広町すゑひろちやうには阿爺おやぢの家の懇意な陶器屋せとものやがある。そこの旦那に誘はれで養育院を見に行つた。私は貧しい子供を前に置いて、小さなお伽話とぎばなしを一つした。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
多分函館の阿爺おやぢに話したら、私の願ひは聞いて貰へるだらう。けれども手紙でも駄目だ。その相談のためには、どうしても自分で出掛けなければ成らない。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
男が白足袋を穿くなんて、柔弱だ——よく阿爺おやぢに言はれたものだ。僕の阿爺はやかましかつたからねえ。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
私は唯ありふれたことを書いた。娘から見れば、番人の方は阿爺おやぢと言つてもい程の年配だ。私はその通り書いた。私は無いものを有るやうに見せる手品師では無い。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
『隠せ。』——戒はこの一語ひとことで尽きた。しかし其頃はまだ無我夢中、『阿爺おやぢが何を言ふか』位に聞流して、唯もう勉強が出来るといふ嬉しさに家を飛出したのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)