遅疑ちぎ)” の例文
旧字:遲疑
大人のような遅疑ちぎがないので、事にぶつかると、素純なたましいは、この世とあの世の境を、ついはずみでも、超えてしまうのであろう。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
持って押すことだ。攻めるも護るも、これで押徹せばよいのだ。遅疑ちぎ逡巡しゅんじゅんすれば、そこに破綻が生ずる。君がそういう国家の不利益を、この上もたらさないことを望む
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ふむ、そう分ってみれば、もはや遅疑ちぎする場合ではないな」と、ぽっつり口を開いた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
あまりその理由が唐突とうとつなのでしばらく遅疑ちぎする様子であったが、証拠の手紙を出して見せると、だんだん納得が行ったらしく、「わたしでは分りませんから、年寄に会って下さい」
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人の間に共通な津田を話の種にしようと思ったお延が、それを自分から持ち出したものかどうかと遅疑ちぎしているうちに、夫人はもう自分を置き去りにして、遠くにいる三好に向った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陽のめも見得ぬ自責の痩狗そうくあす知れぬいのちを、太陽、さんと輝く野天劇場へわざわざ引っぱり出して神を恐れぬオオルマイティ、遅疑ちぎもなし、恥もなし、おのれひとりの趣味の杖にて
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
既に藩許を得るもいまだ旅券を得ず、彼ごう遅疑ちぎせず、曰く、「一諾いちだく山よりも重し、俸禄捨つべし、士籍なげうつべし、国に報ゆるの業、何ぞ必らずしも区々常規の中に齷齪あくさくするのみならんや」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それから返忠かへりちゆうをし掛けて遅疑ちぎした弓奉行組ゆみぶぎやうぐみ同心小頭どうしんこがしら竹上たけがみ万太郎ははりつけになつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
何故なにゆゑに男子と女子とは対等の生活をたのしむことが出来ないのであらうか。其れは男子が女子を従属物だと思ふ野蛮な気習を改めず、女子も遅疑ちぎしてその気習から脱する勇気が無いからであると。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
一時いっとき遅疑ちぎする事ならねば客を家に残して広海子爵のもとおもむけり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
諸将は余りにも剛愎ごうふくな彼のことばに、遅疑ちぎをいだくまでもなく、はッと服命して、各〻の持場へ駈け競った。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しこうして彼れ聴かざるのみならず、かえってその兇威きょういたくましうし、外交事迫るの後既に朝廷に分配したる権力すら、再び幕府に回収せんと欲するを見る。彼この時においていずくんぞ遅疑ちぎせんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
木の葉の如く、遅疑ちぎする様子もなく、くるり/\とほのほかぜかれて行つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その好意に対して、いたずらな邪推や遅疑ちぎを抱くべきではあるまい。綽空はそう解して、箸を取った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お綱は、相手の遅疑ちぎする色を見ながら、迫るように、お久良の決意をうながしていった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道誉の答えは、はずんでいた。遅疑ちぎなく、お受けしたせつなに「おれは助かった」とするわざわいの転嫁にほッとしていたのは、彼ならずとも、人間のあさましさ、ぜひがないともいえばいえる。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それも迅速じんそく極まるもので、日頃の訓練にもまさるこの一斉な外面だけを眺めては士卒個々の心のなかに、前にいったような、遅疑ちぎ、不安、驚愕きょうがくなどがさわいでいるとは一見思われない程ですらある。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と泥舟はもう何の遅疑ちぎもなく道場へ出た。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)